「春菊」入りの餃子は美味しかった~~~~

餃子に春菊を入れると激ウマなのはゴールドコースト時代に気がついて、今まで何度か作ってきましたが、やっぱり美味しい~~~。

私が考える餃子ってのはやっぱり「キャベツ」か「白菜」が【入っていなくてはならない】というのがあって、ではキャベツなのか白菜なのか、そこが悩みどころであったりする。(笑)

だからキャベツも白菜も入れないなんてことはありえないことなんですが、春菊は美味しいし、キャベツか白菜を入れなければならないなんてコダワリが全く馬鹿げているようにも思えてきます。

今回はいつもと違うことを一つやりました。

我が家では「ネギ、ショウガ、ニンニク」は必ず入れるのですが、これらは普通、「生の状態」で入れますよね。

でも中華に限らず、多くの料理で「ショウガやニンニク」は油と炒めて、油に香りを移すという作業をするのが一般的。ではなぜ餃子にはそのまま入れるんでしょうか。その方が美味しいとするならば、多くの料理でショウガやニンニクを先に油で炒めるということはしないはず。

そして「ネギを炒めたもの」って激ウマじゃないですか。焼肉を食べる時、特に「タン塩」はこの「炒めたネギ」と一緒に食べると半端じゃなく美味しいし、そういうふうに出す焼肉店も結構多い。

ということで、ネギ、ショウガ、ニンニクを油で炒めることにしました。塩も入れます。

大量にあったネギは小さくなって体積としては4分の1ぐらいになってしまった感じ。

それを粗挽きの自作豚ミンチと混ぜて、最後にこれまた大量の「春菊」を混ぜる。キャベツも白菜も入れない。

私が思うに、豚ミンチと野菜の比率って非常に大事だってこと。前にどうしても狙う味が出ないときに気がついたことがあるんですよ。それは「豚ミンチが多すぎる」ってこと。

思い起こせば、私が作りたいと思う餃子って「昔の駅前中華料理屋の餃子」なんですが、コスト削減なのか豚ミンチなんて少ししか入っていなくて野菜がほとんど。

実はこれが「日本の餃子の美味しさ」だというのに、中国式中華料理の餃子を食べたときに気が付きました。本場では餃子は水餃子で焼くことは稀だそうですが、「野菜は少量で肉が多い」のが特徴。これって初めて香港で食べた時には「餃子と肉まんのあいのこみたいだ」と思ったくらい。当然、日本の餃子とはぜんぜん違う。

私は海外でこの手の中華餃子ばかりでうんざりすることが多く、やっぱり日本の餃子が美味しいと思うようになりましたが、なかなか思うような味にはなりませんでした。

でもある時、気がついた。肉が多すぎると。

ケチケチしたように肉の量を減らすと、段々と私が作りたい餃子に近くなったのが面白いです。

でも今回の春菊入りの餃子は、肉の比率を多くしました。その方が美味しいだろうと思ったから。

美味しかった~~~~。

やっぱり春菊の香りって飛びやすくて、餡を作ってすぐに包んで焼きましたが、春菊たっぷりなのに残念ながら春菊の香りは前面には出てきません。私としてはちょっと残念なんだけれど、この程度が良いのかもしれない。あまりに春菊の香りが強いと多くは食べられないかもしれないし。

でもこの餡を次の日まで残しておいて餃子を作ると、春菊の香りは全く無くなっているはず。

それとネギ、ショウガ、ニンニクを油で炒めた効果はどうだったのか?

ネギ、ショウガ、ニンニクの柔らかい香りの餃子になったように思います。このへんの違いを私の少ない語彙で表現するのは不可能ですが、美味しい美味しくないの前に「いつもと違う」のが気になりました。そして油で炒めたわけですが、「油の量が多い」のがわかります。

焼肉とそれを一緒に食べるのは、そもそも脂っこいものだから合うのかもしれませんね。餃子みたいに脂っこくないものにそれを混ぜると、油の多さが気になりました。

しかし、餃子って炭水化物、タンパク質、脂質が上手いバランスで入っていて、完全食で良いと思いますわ。昔は餃子といえば必ずご飯と食べていましたが、それって「ラーメンライス」みたいなもので炭水化物が勝ちすぎですね。だから我が家では餃子を食べる時には餃子しか食べません。それにスープを付ける程度。

餃子だけ食べるってのはそれはそれで良いと思うのですが、大量に作って焼くのが面倒でいつもイライラします。

それと、最近、市販の餃子の皮が美味しくないと文句を書きましたが、それは「古い皮を使うから」だということに今回、気が付きました。馬鹿だ~~~~~~~~。

買ってきたばかりの皮は問題ありませんでした。でもいつもより厚めの感じがする。違うものかな?

しかし餃子って本当に美味しいし、面白いと思います。

たまに味付けを濃い目にして、餃子の聖地である宇都宮風に「お酢」だけで食べたり、また最近、流行りだした「お酢+胡椒」で食べたり。

基本は醤油+ラー油ですが、タレを変えるとしたらそれなりの餃子の味にしないと合わないんですよね。

でもそれをいちいち考えながら作ると、それが苦痛にもなってきますので、あえて味付けはいい加減にする、なんてこともします。で、焼き上がって味見をしてからタレを決めるとか。

餃子って好きですわ。もしかしたら食べ物の中で一番好きかな?

でも「これで完璧」という餃子は未だに作れていない。

いやいや、実はワンタンの方が好きだったりする。ワンタンも結構難しくて、これまた昔の駅前中華料理屋の安っぽいワンタンが好きなんですよ。だから具なんかほんの少ししかいれない。でもワンタンってあの皮を食べる料理だと私は思っていて、下手に具が多いと全然美味しくないのね。しかし具が少なすぎると全くワンタンにはならない。

たかがワンタンですが、プロの作り方で、茹で上がる直前に冷水を掛けて締める、なんてのを見てびっくり。そうじゃないと、あの薄い皮に火が通り過ぎてブヨンブヨンになると。

ワンタンも是非、極めてみたいなぁ。

 
 
 

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ビットコインが暴騰中~~ 投資とかお金との付き合い方とか

みなさん、ここのところのビットコインの動きを見ています?

私は毎日、見ているわけじゃありませんが、ここのところの動きはすごいですね~~。暴騰と言ってもいい動き。

4月に入ってから、それまでの上値抵抗線を抜けたときに、ビットコインは上昇を始めるんじゃないかと書きましたが、なんだか教科書通りの動きでやんなっちゃいますね。

年末に急激に下がり、しかし今年に入り底値固めをして底値を切り上げつつ推移。そして三角持ち合いに入って4月に一気に上抜け。そしてその後は綺麗な上昇トレンドを描いて上昇中。

こんな教科書通りの動きをされると、逆にがっかりしちゃいますね。なんでこんな簡単な動きをしているのに自分は見ていただけなのかって。(笑)

でもそれは後の祭り。後悔先に立たず。

そういえば、後悔先に立たずってのを相場の世界では何ていうかご存知ですか?

「猫の◯玉」(猫のゴールデンボール)と言います。

猫のゴールデンボールって前からは見えないのね。でも後ろからははっきりわかる。(笑)

トレード、それも職人みたいにコツコツトレードするタイプだとこういう動きには一切乗れないのね。それってデイトレ中でも同じで、数ティック抜ければOKというやり方をしていると、大きく動いた時に「俺って馬鹿じゃないのか?」って思う。逃した魚は大きい。

上手い人はコツコツ貯め込むのと同時に、大きな勝負をするのかもしれないけれど、これって理想論でしか無いと思うんですよ。時々の大きな勝負で勝てるチャンスがあるなら、毎日毎日せこいとも言える作業をする必要なんかないんですもの。

では毎日コツコツと稼いで、「それを溜め込んでロットを大きくすればよいのだ」なんて言いつつ、実はこれも理想論で、「自分の器」を乗り越えるのは簡単ではないのね。ちょっと稼ぐと気が大きくなってろくでもないことをするし、いや、俺は「チリも積もれば山」戦法で行くんだなんて自分に言い聞かせて、さてそろそろロットを大きくしようかなんて思っても、ビビリ屋ってのは簡単にロットを大きく出来ないのね。

これは、「利益は利益として確保しつつ、ロットはルールを決めてそれに従って増やす」と決めても、ロットを増やした瞬間、自分の理性なんかどこかに消えてしまう。(笑)

私はこれって性格はもちろんのこと、年齢も大きく関係していると思うんですよ。

歳を取ると、過去の経験とか常識が自分の中で「固定してしまう」んじゃない?

金銭的な価値もそうで、「昔はこんなものは1000円も出せば買えたのに、今じゃ3000円もする」とかそういう感覚を常に持つ。私なんかもろそういうのがあって、本来はインフレとか、自分の収入、資産と比べて「今の価格」を考えるべきなのに、私は単純に「昔の価格」と比べてしまう。そして今の価格の高さに驚き、文句を言う。(笑)

自分の月収が5万円だった当時の金銭感覚って今でも引きずっているような気がするんですよ。いや、それは大げさか。(笑)

ただ自営業で「定収がない」と言っても良い生活を長年続けてきた私としては、収入が無い、少ない時には徹底的に節約して、では利益が出た時には「万が一のときのために貯め込む」のが当たり前の生き方なわけで、逆に「計画性」ってのがなかったと言って間違いがありません。計画なんてのは「絵に描いた餅」でしかありませんでしたから。

だから自分でも「俺ってなんでこんなにケチなんだろう」と思うことがあるんですよ。

先日もワンモントキアラのビレッジグローサーで、「本鮪の大トロのお寿司」が1000円以下で売っていて、これが結構美味しかったのね。この時の喜びって半端じゃなくて、「やった~~~~~」なんてもんじゃないのね。それこそ宝の山を見つけたような感激があるんですよ。

美味しい大トロを食べたいのなら、金が無いわけじゃないんだから良い店で好きに食べればいいじゃなかとも思うのだけれど、それって出来そうで出来ない。(笑)

でもそういう性格だから生き残ったのかなと思うこともあるわけです。

私の叔母の話をさせてください。もう他界していますが(生きていれば95歳ぐらいになる)、子供がいる男のところに後妻で入り、自分は子供を産めず、義理の子供をしっかり育て上げたものの、亭主がめちゃくちゃな男で、50を過ぎてから離婚。叔母は教育も無ければ、手に職もなくて、それからの生活っていわゆる「底辺の人たち」と同じでした。「下働き」しか職はなくて、飲食店の洗い場で働くとか、そういうことを続けた人。

とにかくお金なんかまるで縁のない人で、一緒に食事に行くと、「何を食べても美味しい、美味しいという人」でした。自宅の食事は質素で、それこそ「ご飯とお漬物と味噌汁」みたいな生活。でも彼女は貧乏で兄弟姉妹がごっそりいる家で生まれ育ち、なおかつ、戦前、戦中、戦後を生き抜いた人だから、彼女にしてみれば質素な生活は「普通の生活」どころか、「白米が食べられて幸せ」だったのね。お腹をすかせて歩き回るなんて時代でもないんですから。

仕事は下働きばかりで、彼女はバブルのときでさえも「月収10万円以上を稼いだことは一度もない人」なんですよ。ところがですね、彼女が死んだ時には5000万円のキャッシュを持っていた。(@_@)

お金を貯めるには「使わないこと」が一番なのだとその叔母に教えられたような気がします。

私は小さな頃から、商人として尊敬している母からいろいろ教わっていましたが、「稼ぐに追いつく貧乏なし」とかなりしつこく言われて育ちました。つまり一生懸命働いて儲けていれば、貧乏になることは無いんだと。これってそりゃそうだろうとすんなり心に入ってくるわけで、とにかく私は稼ぐことに一生懸命な若者になった。学生時代に起業したのもそんな考え方があったから。

「男のお金は 女の美貌」「金がない男は 首がないのも同じ」だなんて、今の時代にそんなことを言ったら大騒ぎになるようなことも言われて育ちました。でも「男の優しさとは力」「力とは金」というのは今でもその通りだと思っています(力とは「状況を変えることが出来る力」という意味)。金銭的な問題で苦しんでいる人(親族や友人でも)を助けるのに「一緒に話を聞いてあげる。慰める」のは女性の役目で、男は黙って金を出せってことなんですね。

ところが、金って若者にしてみると貯めても面白くないし、稼げればそれが今後も続く、それどころか将来はもっと稼げると思っちゃうわけですよ。だから稼いだら使う。稼いだら使う。これの繰り返し。そして母が言う「稼ぐに追いつく貧乏なし」は本当だと思っていた。ところがですね、金遣いが荒いのはどんどん酷くなるんですね。そりゃ、好き放題にお金を使えば楽しいなんてもんじゃありませんから。

使うのが面白いから、もっと儲けようと思うようになる。これってある意味、良いことなのかもしれない。頑張って儲けようというモチベーションはどんどん上がりますから。

いつの日にか、ポルシェ(911)を乗り回し、赤坂・六本木で遊び、支払いにはクレジットカードを頻繁に使うようになったんですよ。そして、毎月の支払いに窮するようになった。私が二十代の頃ですから、今から40年近く前のことですが、クレジットカードの支払は毎月100万円を超えていました。

これっていくらなんでも続けるのが無理で、白旗を上げました。でも請求書は次の月も来る。(笑)

そして自分でやっていた小さな事業も同じで、自分の仕事は儲けることなのか金策なのかわからないようになってきたんですよ。絶対に手形は使いませんでしたから、お金がないのに「今後、数ヶ月間、支払いが続く」なんてことはなかったんですが、いくらアホでも「お金は貯めないとどうにもならない」「稼いでも追いつかない」と実感するようになりました。

そんな時に、母はなんと言ったと思います?笑いながら「お金は【稼ぐより貯めろ】だ」と言い出した。(笑)

この時には母の策略にうまく乗せられたと思いましたわ。でも最初から「稼ぐより貯めろ」と言われ続けていたら「稼ぐ努力をする前に、貯めることに専念する」ようになったのは間違いがないのね。稼ぐより貯めるほうがはるかに簡単ですから。

貯めないと駄目だというのが実感としてわかるようになり(笑)、それから私は「ケチに徹する」ようになりました。でも細かいお金までケチるということはしたことはなくて、「お金があっても調子に乗って使わない」というケチ。でもそれだけで私の人生は変わってきたわけです。まぁ、馬鹿丸出しの話しですが、稼ぐことの大事さ、楽しさと、貯めなくてはならないというアタリマエのことが20代ではっきり理解できたのは良かったかもしれない。

そんな時に、上に書いた叔母が亡くなった。そして「多くのお金を稼いだことなんか一度もない」のに、いわゆる「底辺を歩いてきた貧乏な老人」なのに、5000万円をしっかり溜め込んでいたんですね。

つまり、しっかり稼ぎつつ、しっかり貯めれば、もっと大きなお金が残るという当たり前のことにやっと気がついた。こんなことは馬鹿でも考えればわかることですが、実感としてそれを理解し、実行するとなると結構難しい。

まぁ、今の私の人生観としてそんなことがもうすでにしっかり身についちゃっていますから、大きなお金を使うってのがどうにも出来ないビビリ屋になってしまったということ。1000円もしない大トロのお寿司を見つけて大喜びするのが私の本質。(笑)

でも使うべきお金ってのは間違いなくあって、それさえもケチるようにはなりませんでしたが、「大きなお金を動かす投資」が難しいのは同じ。私が長期投資が下手なのはここに原因があると自覚しています。だから大きなお金は「安全な債券を買う」ぐらいのことしか出来ませんし、世間でよく言われる、「資産の3分の1は株式投資をしなさい」なんてことも、「馬鹿、言うな!」ってなもんです。あるいは「3分の1は外貨で投資。ただし為替変動で損が出るのは覚悟すること」なんていうファイナンシャルプランナーの能書きを聞くと、こいつ狂ってると思うくらい。(笑)

実際、投資って株式でも仕事でも同じですが、本当にリスクは高いというのが私の人生で見てきたこと。私の周りには似たようなことを考える人も集まっていて、若手の起業家で「二十代で自社ビルを建てた」とか、「株式投資で短期間で3億儲けた」なんてのもいたんですよ。ところがですね、そういう人は生き残っていないのね。いつのまにか消えてどこかに行ってしまった。中小企業も「当たり」を出すとドカンと結構大きなお金が入ってくるけれど、それをいつまでも狙っているとやっぱり続かないのね。

これが私が見た、「一般人の世界」なのね。大企業のサラリーマンをやっていた人たちにはわからない。特にその専業主婦をしていた人にはわからないことがあると私は思っています。「幸せは長続きしない」どころか、中小企業の世界って「5年後に存在するかどうかもわからない」くらい波が大きい。これは投資家も同じ。

でも世の中で目立つ人たちって「成功した人たちばかり」なわけで、ほとんどの人は消えていなくなるという現実はなかなか見えないのね。

これは私がいつも書いていますが「早期退職して海外移住~~~~~♫」なんてのも似たようなもの。

私がゴールドコーストに移住した当時、多くの日本人が同じようにオーストラリアに渡ってきました。私もそうですが、そういう人たちは「ロングステイを楽しむのが目的ではない」わけです。そういう人たちもいましたが、私のように「事業家ビザ」と呼ばれる永住権を取った人たちがごっそり。つまりオーストラリアでなんらかの事業を起こすという約束で渡ってきたわけです。

一体、彼らに何が起きたのかを私は25年間、しっかり見てきましたが、まぁ、成功というかちゃんと生き延びることが出来た人って1%未満じゃないですかね。

でもそのパーセンテージって私は決して低いとは思っていなくて、日本で普通に起業しても生き残るのはもっと低い率じゃないかと思うくらいです。

これが世の中の実態だと私は思っていて、年功序列とか終身雇用なんてそんなものは昔から存在しないのね。当然、大きなローンなんか組むのは自殺行為となる世界。

私のものの考え方の原点はここにあるんですよ。でもそれが良いって言っているんじゃないですから、勘違いなさらぬように。私が生きて生きた世界がそういう世界であったというだけのこと。

つまり、最初の数年はうまくいくなんてことは結構あるのね。でも持続は難しい。自分の主たる収入源がどう変化するのか、環境の変化もあるし、そして若い人の欠点だと私が思うことがあるんですが、「自分も歳を取る」ことを考えていないんじゃないかってこと。あるいは病気になる、事故に合う。そしてそれは一緒にいる家族も同じなのね。それで状況は一変して、今までの生活の維持さえもできなくなる。

だからチャレンジさえもするべきじゃないっていうんじゃないんです。半端じゃない周到な準備と、「想定外も想定して対処できるぐらいの自信」を持つぐらいじゃないと長続きしないのではないですか?という話。

「投資で失敗するのは、【勝負】をするから」なんですね。でも勝負をしなければ大きくなれない。このジレンマの中でどう生き残るのかってのが大事で、なかなか難しいと思っています。

だから若者のトレーダーが大きな額を稼いだ、なんて聞いても、そんなのは何十年も前から同じで、ふ~~んとしか思わない。ただ近年は額が違いますが。

先日、紹介したとんでもない額を稼ぐトレーダーも同じで、「どうやったら彼のように稼げるようになるか」と考えるのは良いことだけれど、実はもっと大事なことがあるんですね。「その方法で生き残れるのか」ってこと。

まずは稼がないとどうにもならないのは当たり前ですが、若い人たちに勘違いしてほしくないのは、人って結構本気で頑張ればそこそこ稼げるもんだろうと思うんですよ。でも、それを持続し、生き残るのが難しいのね。

これって事業も同じで、中小企業が潰れたなんてのを聞くと、よっぽど馬鹿な経営をしていたんだろうとか思うけれど、実はそうじゃなくて、「まさかのことが起きて潰れる」ケースがほとんどじゃないかと私は思うんですよ。つまり、日頃は何の問題もなく順調に経営していて、このまま行けばそこそこ行くかな?なんて思う会社が、あるとき潰れる。

この理由は本当にいろいろで、私の時代は「連鎖倒産」とか「突然の取引停止」とか「経理担当者が金を持って逃げた(これって結構多い)」とか。まさかってことで潰れるのね。「銀行の貸しはがし」なんてのもそうでしょう。私の時代にそれはありませんでしたが。

これってある意味「想定外」なわけですよ。でも、その想定外のことがかなりの確率で起きて人生って変わっていく。

そしてそれはトレードでも同じなのね。株式投資も同じ。「え?嘘だろ?」みたいな時に人は大損するのであって、日頃のマイナスをどんどん溜め込んで、最終的に退場、なんていう下手くそは話の外なんですね。つまり、「トレードの達人でも一瞬で破綻することがある」ってこと。

911のテロもそうだし、311の大震災もそうだし、リーマンショックも同じ。ああいう時に、人生が変わるほどの影響を受けてしまう。投資や起業に関係なく、人の人生ってそういうもんじゃないんですかね。交通事故も同じ。

311の大震災の時には、日経225のオプション取引で半端じゃない数のトレーダーが破綻(プットオプションを売っていた人たち)して、本人は破産ですが、証券会社は取引所にトレーダーの損金を払わないとならない。これで大手の証券会社も何社か倒産の危機にあったと聞いたことがあります。

またこんなことも記憶に新しい。今年の1月3日の為替市場の動きを覚えています?突然、それも一瞬にして「円が暴騰した」ときのこと。

一分足。日本時間の1月3日07:35の一分間だけでこれだけの動き。

見てすぐにわかるように、一瞬の暴落(円の暴騰)ですが、数分前から「下げトレンドに入っている」のは間違いがない。

だから「トレンドフォロー型の手法」を持つトレーダーは、ここでとんでもない儲けが出るんですね。

さて、「逆張りが基本」だったらどうなるでしょうか。それも日頃、何十億円という大きなロットで数ピップス抜くような手法だったら。なおかつ、ロスカットの指値もしていなかったら。

40億円の買いポジションがあって、一瞬にして4円も下がったらいくらの含み損になります?計算してみてください。

どれほどのレバレッジを掛けているかによりますが、高レバレッジだったら簡単に強制ロスカットになって元金は吹っ飛ぶ。

まぁギャンブラーみたいに「いつも大きく儲けているのだから、そういうこともあるさ」と開き直れる人ならOK。

またその損したお金が「今まで勝ち進んで儲けた金」なら諦めも付くでしょう。

でも「退職金」「家を売った金」「相続」などで手に入れた虎の子が一瞬で飛んだらどうなります?

ここでもうやめようと思えたらまだ救いがあるのかもしれませんが、「相場の損は相場でしか取り返せない」なんて、もっとのめり込むことが起きたらどうなるか?

こういう馬鹿なことが起きている世界だと私は思うんですよ。

でもこういうことって「常にある」わけじゃないのね。つまり「想定外」。

でもその「想定外」で人生は狂う。

私がいつもこのブログに書いている「想定外をどう想定するか」が生き残れるかどうかの分かれ道じゃないんですかね。

だから、私は結構細かくてケチで、大きな事ができない小心者ですが、それで良いと思っているんですよ。でもその中で、いかにリスクを抑え、精神的にも大きなプレッシャーが掛からないように大きくなれるのかを常に考えています。

ウサギとカメ。あるいはキリギリスと蟻の話がありますが、さて、どちらの生き方を取るべきか。どちらが面白い人生なのか?ではなくて、長い人生、家族も持ち、責任ある立場でどうするべきか。

私は当然、カメ、そして蟻の立場を取ります。

でも一つだけ忘れないでいただきたい。

カメみたいにチンタラ前に進むのかと思っても、「超短期売買で小銭を積み上げる効率、回転の良さ」というとんでもない利点があって、実は一般的な視点でそのカメを見たら、とんでもない速さで飛んでいるように見えるはずだってこと。(笑)

今日はビットコインの話から、いつものように話が飛んでしまいましたが、ビットコインみたいなもので「いつかは私も億り人~~~」なんて夢を見ても、まぁ、それは宝くじより低い確率でしか自分には起こらないと思って良いはず。

でもカメの様に遅くとも確実に前に進めば、面白いことが起きる世界。

日本の高額所得者(年収1億円以上)の56.4%が株やFXのトレーダーだという事実をお忘れなきよう。(この日記)

年収1億以上ではなくて、2000万以上程度まで下げたら、どれほどのトレーダーがいるんですかね。

年収500万だったら?

ま、トレーダーってのは勝てるようになれば、収入を大きくするのは一般的な仕事に比べれば簡単ですから、意外に、トレーダーの収入別で見てもピラミッド型にはなっていないかもしれませんね。

勝ち組、負け組という言い方がありますが、それで言えば、勝ち組に残るのは簡単ではないけれど、その場合の利益はとんでもなく大きいということだと思います。これって一般的な仕事では無理なのね。ラーメン屋でもなんでも良いですが、それがそこそこ当たって儲けがでていても、さてこの利益を10倍にするにはどうするべきか。これって簡単には行きませんよね。でもトレードならロットを大きくするだけ。

ラーメン屋といえども、それで当てるのだって難しいことを考えると、トレードの世界ってどれほど恵まれているかと私は思うわけです。スタートするにも資金らしい資金もいらないんですから。

でも「想定外のことを想定する」というのは論理的ではないけれど、それは絶対に必要だし、「勝って兜の緒を締めよ」という基本がしっかりしていないと、いつか足を救われるのが当たり前に起きるのも忘れてはならないことだと思います。

 
 
 

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ヨメさんと息子がいない間に感じたこと(かなり個人的な話)

こんなことをブログに書くべきかどうか結構悩んだのですが、私のブログは日記であって情報提供が目的ではないし、私はこんなことを毎日考えながら生きていたという遺書でもあります。あるいは病院の天井を見ながら生活する時が来ても、このブログを読んで思い出にふけるのも良いと思っています。

だから今回、かなり個人的なことで、私の秘密でもあるんですが、書き留めておこうと思います。

人の恋愛体験って一生のうちにどれだけあるんでしょうか。

私は自分が恋多き男だとは思っていないのだけれど、思い出してみれば「結婚しても良いかな」と思う恋愛は20代の頃に3度、経験しました。でも結婚までには至らず別れたり失恋したり。

20代の終わりの頃に一人の女性と知り合いました。一目惚れってこういうのを言うのだと思うくらいで、大勢の女性の中のたった一人にだけフォーカスが合うというか、ズームインするような感覚がありました。

どうにかその女性に近づき、知り合いになり、友人関係を作ることに一生懸命(笑)。そして自分が彼女に合わせたつもりはないのだけれど、結構、気が合い、週に一度は一緒に食事に行ったり飲みに行くような間柄にまでなりました。私としてはこれほど女性を好きになったことはないと自覚していて、まだ「友達以上、恋人未満」なのに結婚という言葉を口に出すアホでした。でも週に一度会うってよっぽどじゃないとありえませんよね。だからその女性も満更ではないはずだという確信に近いものは持っていたんです。

ところがある日、彼女は田舎の実家に突然帰った。

私としてはいつ帰ってくるのか気になるし、電話でしょっちゅう話をしていました。

ところがですね、ある頃から、居留守を使って電話にも出ないようになったんですよ。一体、何があったのか私は困惑するばかりで、気持ちとしては気が狂いそう。

そしてある時、一方的に「会いたい」と彼女の親族に伝言をたのんで、仕事の合間を見て九州は福岡に飛びました。私は福岡のことはまるで知りませんから、地図で調べて「西公園でXX日のXX時に会って欲しい」と家族に伝言をお願いしました。伝言の答えは「OK」。

そして当日。西公園で待てど暮らせど彼女は来ない。実家に電話をしてみると「ダボさんに会うために福岡にでかけた」というじゃありませんか。だから私は待ち続けました。真冬の2月。寒いなんてもんじゃありませんでしたが、彼女は間違いなくこちらに向かっているはずだから待つのは平気でした。

でも5時間ぐらい待ってもまだ来ない。実家に電話しても「そちらに向かったはずですが、おかしいですねぇ」というばかり。

日も暮れて西公園には人もいなくなり、お茶屋みたいな店も閉まるので、仕方がなく引き上げることにしました。本来はその日に東京へ帰るつもりでしたが、飛行機はキャンセルしホテルを取ってとりあえずチェックイン。その後、実家にまた電話をかけて(当時は携帯電話などない時代)、ホテルの名前と電話番号、部屋番号を伝えました。

でも電話もかかってこない。

この時、どれだけアホな私でも気がついたんですね。彼女は会う気はないのだと。

実家に電話をして「どうもすいません。ご迷惑をおかけしました。東京に帰ることにします」と伝えました。私と何度も電話でやり取りをしたのは彼女のお姉さん。非常に良い人でした。

そして私は東京に帰るわけですが、ここから地獄が始まりました。

「結局、振られたってこと」を自分で認められないんですね。それまでは毎週必ず会って遊ぶ仲だったんですから。あまりの急変を私には受け入れらませんでした。でもその後、実家に電話をしても彼女は一切、電話に出ません。

「失恋ってことか・・」と思いました。

当然、失恋なんて何度も経験していて、どんなに辛いと思っても大体3ヶ月、長くても6ヶ月もすれば吹っ切れていたのがそれまでの私でした。だから「忘れなくては・・」と思いつつ、時間が私の痛む心を癒やしてくれるのを待ち続けました。

ところがですねぇ、自分でもおかしいと思うくらい、忘れられないんですよ。

仕事中でもフト気がつくと彼女のことを考えていたり、また彼女のことを考えていないのに涙が出てきたり。

それがなんと3年間、続いたんですよ。3年間。

それまでの間、忘れようと努力もしたし、正直なところ宗教にもすがろうと思いました。お見合い結婚でもしようと動いたこともありました。でも忘れられない。

でも3年という月日は私を変えたんですね。どう変えたかと言うと「彼女を諦めるということを諦める」と。

この思いと共に一生、生きようと決めました。そして今世では無理でも来世では絶対に再び巡り合うぞと決めた。もう今世は俺はどうなっても良いと投げやりの気持ちになりました。

バカみたいですが、これで結構気が楽になってきたんです。

でも生きる張りあいもなく、来世のことばかり考える自分に変化が現れました。

とんでもなく痛い偏頭痛に襲われるようになりました。これが毎日、でもいつどんなときに出るのかわからないけれど、必ず襲ってくる。これが痛いなんてもんじゃなくて、顔は変形して左目は全く見えなくなるし、涙は出っぱなし。市販の痛み止めでは全く効かないので、医者にもらった強い鎮痛剤を飲むと、さほど痛みは変わらないのにラリっちゃうのね。頭はボーッとして夢心地。でも痛みは消えない。

あちこちの医者に行っても全然良くならないんですわ。

この偏頭痛がいつ出るのかわかりませんが、出れば頭を抱えてのたうち回って、鉛筆でもなんでも尖ったものがあればそれで頭を突っつくと痛みが多少和らいだり、壁に頭を打ち付けたり、そんな状態なので、仕事なんか一切できないんですね。運転中にもこれが出ると大変なことになって、車を止めて車の中でのたうち回るなんてことをやっていました。

だから仕事も辞め、家の中でボーッとしながらテレビを見るだけ。そして偏頭痛が来るとのたうち回るという生活になりました。そして彼女のことを思い出しては意気消沈してため息ばかりで、テレビのメロドラマを見ては涙ポロポロ。

母に「俺はこんなになっちゃった。もう駄目だ。ゴメンね」と言ったら、「そんなあんたに生んだ覚えはない。大丈夫だ、頑張れ」という言葉が嬉しいと言うより、余計、悲しみや情けなさが増長したのを思い出します。

心身ともにボロボロで、しかし早く元気になってまた頑張ろうという気も全く起きないんですわ。このまま行けば廃人みたいになってそして消えていくのかもしれないと思いましたが、それも俺の人生かもしれないと思っていました。

31歳でした。

そんなある日、一本の電話。3年前に振られた、あの女性からです。「どうしてる?元気?」ですと。

私にしてみれば「馬鹿野郎~~~、今頃~~~~」ってなもんですが、「おお、XX子かぁ。久しぶり。元気にしてる?」と返事。そうしたら、「もし時間があったら会わない?」ですと。

私の心をメチャクチャにして、3年間も放っておいてよく言うと思ったのですが、会えるならすぐにでも飛んでいって会いたい。でも偏頭痛が出たらうまくない。

でも会うのを断る理由は全くないし、その日に会うことにしました。

不思議なのは、この日を堺にあの恐ろしい偏頭痛はピタリと止まったんです。彼女と再会してから一度も出ていないんですよ。

不思議だと思います。またあの偏頭痛の原因が彼女に振られたことにあるとも思えません。偏頭痛が出てきたのは失恋してから3年目。彼女を諦めのを諦めると決めてから。

でも今考えると、人って「生きる望みを無くすと体に変調を起こし、そしてそのうち死ぬんじゃないか」ってこと。私の叔母で「もう十分生きたし、もう未練はないからもうすぐ行くわ」と言っていたら本当に数週間後に死んだのを思い出します。巷でよく言われる、妻に先立たれた夫は後を追うようにして死ぬ傾向があるとのと同じかも。

私の場合、彼女からの電話、そして会っただけで私の人生の何が変わるわけじゃありませんが、きっとこれは「地獄にするすると降りてきた一本の糸」だったのかもしれませんね。

私は彼女と会っても、3年前に何があったのか、その後、私がどう生きていたのかは一切話しませんでした。当然、この3年間、思い出さない日は一日もなかったなんてことも言わない。それはあの3年前、彼女が突然消えたのは「私からの強すぎるラブコール」があったからに違いないという確信があったから。

でも同時に、なんで今頃、連絡する気になったのかも聞きませんでした。聞く必要もないし、聞きたくもなかった。

それからは私が彼女に対してどういう行動をとったのかは想像できると思います。付き合って欲しいなんて本音は一切出さずに、「保護者」に徹しました。彼女が困っていることは全て助ける、相談に乗る。私ができることはすべてやる。私にとっては、私を恋人と認めてくれなくても、また再び彼女が消えることのほうが怖かったんですね。

でもこの距離感が良かったのでしょう。非常に良い友人となり、ある時、恋人としての付き合いも始まった。そして時期を見て、プロポーズ。結婚することになりました。

付き合いだした当時の二人。

それが今のヨメさんですが、私の辛かった時のことは未だに話していません。また彼女はこのブログも読んでいない。(笑)

ただ「お前は俺の命の恩人だ」ということは言いますが、ヨメさんはなんのことやらさっぱりわかっていない。(笑)

でも面白いのは、実は彼女も初めて会ったときに「結婚する予感はあった」と言うんですわ。ま、それもあるから毎週遊びに行くような仲にもなったんでしょう。

どちらにしても、今のヨメさんは、私が私の人生でこれほど女性を好きになることができるのかと言う意味で、ダントツの一位であるということ。私はヨメさんと再会し結婚できたことをヨメさんに感謝すると言うより、神様というか見えない力にお礼を言いました。あの辛い時期に、もし私の願いを叶えてもらえるなら何でもすると何度もお願いした目に見えない存在にです。

そして子供ができた。男の子が二人。

この子達を見て、この手に抱いた時の感激を忘れることが出来ません。まさに神様からの贈り物だと思ったし、こいつらの為に自分の人生を捧げよう、捧げたいと心底、思いました。そしてこのときに気がついた。世の中では「親に生んでもらったことに感謝しろ」と言うし、私もそう言われて育ったけれど、それは大嘘だということ。「こんな親のところに良くぞ生まれ出てきてくれた」と親が子に感謝するべきで、親孝行なんてのは「子供が生まれた瞬間にそれは完了する」と思いました。

でもその自分の命より大事に思う子どもたちがどう育つのか、それは気がかりでした。大事大事に育てれば馬鹿になるのは間違いがないし、かと言って「可愛い子には旅をさせろ」なんて突き放すことは自分に出来るわけもない。(笑)

でも環境が何よりも重要なのはわかっていたので、日本脱出を図ったわけです。そして親として有難うと言いたいぐらい期待以上の青年に育ってくれた。何よりも、二人共、「オヤジを尊敬している」と真顔で言ってくれるのが嬉しい。

でもねぇ、これほど愛したヨメさんでも、自分の命より大事に思う息子たちでも「このやろう~~~~~」って思うことはしょっちゅうあるわけですよ。「なんでお前たちってそうなっちゃうの?」みたいに私としては納得できない、許せないと思うところが結構ある。

「馬鹿野郎、好きにしろ」なんて思うのは毎度のこと。そうやって毎日が過ぎていくのが現状。

でも今回、ヨメさんと長男が二人でシンガポールに行き、私一人で5日間過ごしながら、いろいろ考えていたんですわ。

もし私に「人生で起きた【良かったこと】は?」と聞かれたらなんと答えるか。

1 最愛の女性と結婚できたこと

2 自分の命より大事に思える子どもたちを授かったこと

3 その子どもたちもちゃんと素晴らしい青年に育ってくれたこと(まだまだ親としての要望はあるにしても)

ま、この3つが私の人生の最大の「良かったこと」かな、と思ったんですよ。

でも、違う!ってことに気がついたんです。

ヨメさんのこと、子どもたちのこと、それぞれが「一つの良いこと」じゃないということがわかった。

そうじゃなくて、そのヨメさんと、その子供と、毎日、毎日、同じ時間、同じ時代を生きていることが凄いことなんだと気がついた。

最愛の女性と結婚できたことも、素晴らしい子どもたちを授かったことも、それで終わりじゃなくて、現在進行中ですよね。

つまり、この毎日が、一日、一日が、神様から私が頂戴している素晴らしいご褒美、プレゼントだってこと。

でも私はヨメさんや子どもたちにそれに関しては感謝しない。したくない。(笑)

ただ、この毎日をくれている神様、見えないなんらかの運命を司る存在に感謝したいと思った。

昨日も、今日も、その素晴らしい一日を私は頂戴した。

ヨメさんと長男がシンガポールから帰ってきて、また早速、好き勝手なことを言い、好き勝手なことをやっているけれど・・・。

愛する人達と一緒に生きる事ができるこの一日、一日が何よりも素晴らしい神様からの贈り物なのだと気がついた。

 
 
 

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【相場】デイトレの手法もいろいろ 恐ろしい金額を稼ぐトレーダーを紹介してもらった

読者の方から凄いトレーダーがいると教えていただきました。そのトレーダーは実際の売買をユーチューブに載せていると。

これを見たら?と教えていただいたのはこれ。

確かに凄い。100万円ぐらいは簡単に稼いでしまう。他にアップしている動画を見ると、数百万円を1-2時間で稼ぐのもあってあの「億を秒速で稼ぐ男・与沢翼氏」の上を行っている。(@_@)

与沢氏に関して私がどう思うかはブログに書いていますが、確かに凄い男だとユーチューブに載せた売買動画を見て思いました。でも私が凄いと思ったのは「彼の手法ではなくて」「彼の決断と行動、切り替えの速さ」なんです。これが彼の真骨頂だと私は思ったし、彼の商材を買ってもその大事なところは「トレーダーのセンス」に関わる部分で、なかなか真似はできないと思いました。また私が見た売買動画では彼の説明がおかしいと思う部分もあって、全面的に彼を信用しているわけじゃありません。(逆に彼の凄さは言葉では説明していない映像に出ていた「チャート・売買譜」から想像できた)(彼が使っているチャートを自分でも似せたものを作り、同じ場面を見てみました)

そもそも彼が言うほど簡単に稼げるのなら、なんで時間も掛かってややこしい不動産投資に一生懸命なのかが私にはわかりませんでした。彼の相場の技術が本物なら、一日に数千万円を稼げる市場はあるわけで、それを続けるだけで不動産投資の何倍もの利益を、短期間に出せるはずですから。

ただ彼が考える自分の理想ってのもあるはずで、それは実際にいくら稼ぐかというより、「いかに自分を大きく見せるか」が大事なような気がするのです。それは決して他人に対してではなくて、自分が持つ「成功者のイメージ」がそれなんだろうと思うわけです。またそのイメージ作りがうまくいけば、彼の周りに人が集まり、彼を神格化し、自分も気持ちが良い。そして「商材で大きな利益も狙える」はず。どこに住み、どんな凄いコンドで、凄い車に乗り、優雅な生活をするってところに彼の理想があるんでしょう。

実際に稼ぐ額より「俺って凄い」というイメージが(自分にとっても)大切な人なんじゃないかと私は想像しています。そういう意味では若くして数百億円をトレードで稼ぎ出したBNF氏とは真逆だと思います。テレビで何度か見たことがありますが、奢りがまったくなく淡々とした人で、とんでもない大金持ちになってもパッと見は冴えない青年だし(失礼)、コンビニで買物をし、安い食事で満足する普通の青年にしか見えない。

そういう意味で、今回、読者に紹介してもらったトレーダーはBNF氏に似ている感じで、本当にトレードで儲けることに専念している人で、稼ぐ額は与沢氏の上をいくかもしれない。きっと10桁稼ぐ年もあるんじゃないですかね。

こういう実際に売買し利益を出している姿を見ると「真似しよう」と思うのが普通で、真似するべきだと私は思います。

真似することは恥でもなんでもなくて、どんな分野、それは会社勤めでも自営業、そしてトレードの世界の成功者、勝ち組でも「真似から始めた」という人が大半のはず。

ということでこのトレーダーの売買を見ていくことは大切だと思うのですが・・・。

こういう手法があるのか・・・・、って思う人が多いかもしれませんが、実は、彼の売買手法は「誰でもデイトレ、スキャルを始めるとこういうやり方をするのが普通」だと私は思います。

○ 移動平均線を重視して、乖離を見る

○ トレンドライン、抵抗線、支持線を重視する

これが彼の基本だと、いくつかの動画を見て思いました。

これって誰しもが一番最初に学び、トレードするのと同じでしょ?

そして彼の手法は「逆張り」が基本となる。スキャルで移動平均との乖離を見たり、トレンドライン・抵抗線・支持線を重視すれば逆張りになるのが当たり前なんですね。ボックス、保ち合いの中で動いていると判断したときも当然、逆張りで出撃する。

そして面白いと思ったのは、彼は「ナンピン」を平気でするんですね。

これって「やっていることは初心者と同じ」でしょ?

誰しもがトレードを始めるとこの線で行くのが普通じゃないですかね。私もそうでした。(笑)

でもこれって「負けるのもこの手法」と言っても間違いがないのね。

でもそれで勝つ人もいる。

さぁ、どこで勝ち組と負け組の差が出るのか?

正直なところ、私にはわかりません。

ただいつも私が書いているのは「勝ち負けは【自分の中にある欲望・恐怖のコントロールの仕方】で決まる」というところで、今回の彼も「含み損が大きく出ても普通の人のように【動揺しない】」のがわかります。だからこそナンピンも平気で出来る。

これって私を含む凡人にはなかなか出来ないことで、含み損が大きくなっただけでアドレナリンは噴出しますし、そこでナンピンでもしたら「理性なんかどこかへ消えてしまう」くらい。(笑)

でもこの彼は冷静ですよね。売買する額は2000枚(欧米で言う200枚)、つまり20億円ぐらいの建玉があるにも関わらずです。

ただ私達がこういうトレーダーの動画、売買譜を見ると、「いくら稼いだか(いくら損したか)」が気になりますが、そういう額を見てすげ~~~なんて思っちゃだめなんですね。

彼が売買しているロットは自分と同じ様な1ロット~10ロットだとしたらどうなのか?という目で見ないと、額だけで尊敬しちゃいますから。(笑)

また心理の動きは誰でもほとんど同じで、額を上げるのは「小さな額から始めて、勝ちを積み上げて、額の大きさに動揺しないようにする」のは彼とて同じだったでしょう。

でもこれもいつも書いていますが、「人の器」ってのがあって、ビビリ屋はいつまでたってもビビり屋だというのが世の中の常だと思います。資産が何億、何十億あっても「高い買い物は出来ない」人とかっていますよね。あれと同じ。

またトレードも上手いのにロットを大きく出来ない人ってかなり多いハズ。

これは「小さい額から始めて、勝ちを重ねて、ロットを大きくする」しか乗り越える手はないと思うし、「小さい額を馬鹿にしてはならない」んですね。これはデイトレ、スキャルをちょっとかじった人ならわかるはずですが、「投下資金に対する利益」の率が非常に大きいのね。今日の彼はどうも「レバレッジは50倍」みたいですが(どうして日本の証券会社でそれができるのか私にはわからない)、このレバレッジは高すぎるにしても、利益率はかなり高い。(損をするときも早く資金は無くなる)

だから大きな資金を投入する必要はまったくないし、額が大きければ「理性はなくなる」のが普通ですから、大きな額から始めるメリットって何もないんですね。小さな額から勝てるように努力して、勝てるようになれば利益率が高いですから、どんどん元金も大きくなって、「利益は利益として確保しつつ、ロットも大きく出来る」のが超短期売買の良さだと思います。効率の良さは半端じゃない。

でもそんなにうまくいかない。これはこれで良いことで、下手くそで大金を無くすということもないわけです。どうしても勝てる方法を見つけられなければ、どこかで諦めるしか無いわけで、「勝てたらロットを大きくする」という基本を持っている限り、「俺はトレードとは縁が無いみたいだ」とはっきり自覚した時点でも「大きな損失を出したということは起きていない」わけです。

しかし正直なところ、私は今日のこのトレーダーの手法がいまいち理解できません。どうしてこれで勝ち続けることができるのか。建玉も多い時には40億まで上げるし、複数の通貨ペアを売買、なおかつリアルタイムの実況を視聴者のコメントを見ながらやる。これのひとつひとつが凡人には出来ないこと。

彼は「損切りポイント」をどう考えているのか、そこの説明を私はまだ見ていませんが、「数ピップスの逆行で損切りする」という方法ではないのは間違いがないですね。含み損は結構、平気で抱えていますから。

この手法を真似るも何も、普通、誰でも最初はこういう手法を取るのが普通だと私は思うんです。そして為替は数ピップスは上下にフラフラと常時動くわけで、彼のように2-3ピップス利益が出たら「利益確定」で、それまでにもっと大きな含み損も容認する。

極論を言えば、買いで入っても売りで入っても、2-3ピップスはフラフラ動くからどちらでも取れると思ってしまう傾向が初心者にはある。私もそういうふうに考えたこともありますが(笑)、トレンドと逆のポジションを取ると恐ろしいことが起きるのね。逆張りの恐ろしさを見ることになる。

でもボックスの中で上下している動きを取る目的で逆張りをして、ボックスを突破してトレンドが出来てしまったら「状況が変わったのははっきりしている」わけですから、即時撤退。損切り。これがちゃんと出来るのならまだ良いと思うし、この彼もきっとそれは「常識でしょ?」というはず。

でも彼はナンピンしますが、自分が読んでいる動きに変更がない場合に限るってことじゃないでしょうか。つまり、ボックス内の動きだと読んで逆張りしたけれど、ボックスから出て新たな動きに入った場合は損切りは当たり前。でも「まだボックス内の動きであることに変わりはない」としたら「ナンピンもOK」ってことのはず。

この辺は彼の動画を多く見ればわかると思いますが、どちらにしても「初心者がやる売買手法に似ている手法」をあの高みまで持っていくのはかなり難しいだろうと思います。それはもしかしたら手法の問題と言うより、自己コントロールの世界かもしれません。

私もかつて逆張り専門であった時代があるのはこのブログにも書いたことがあります。トレンドは無視と言ってもいいくらいで、上げでも下げでも俺は勝てる、なんて豪語していたこともある。

ところが大きなトレンドに逆行することもあって負けるんですね。あるいは、何回かトレードをして「勝ててはいるのだけれど、フト正気に戻ってチャートを見たら、下げトレンドの中の上昇波ばかり狙っていた」と気がつくこともあったり。

これじゃ駄目だと手法を変えるにしても、私はメンタルに弱いのはよーくわかっていますから、精神的にプレッシャーの掛からない方法を考えるしかなかったのね。

で、紆余曲折の末、私が行き着いたのは「トレンドはフレンド」という当たり前の考え方。そして逆張りはしない。順張りのみ。

ただし、一切逆張りはしないのかというちょっと違っていて、例えば、上昇トレンドの中の上昇波を狙う場合、その前の下降波が陽転するのを待つわけですが、「これを確認してからでは遅すぎることもある」のね。だから逆張りはしないと言っても、「逆張りに近いこと」はするわけです。このタイミングを逃すと、「狙いは良いのに、出撃するとすぐ反転」なんてことが当たり前のように起きるんですね。

またインジケータが示す「ダイバージェンス」も私は重視していて、値のチャート上では「トレンド続行中」でも、インジケータは「そろそろ力尽きて反転する」のが綺麗に見えることもある。あるいは(細かいことで申し訳ないけれど)、トレンドが反転した「第三波には必ず乗る」ことが大事だと思うのですが、これも値動きそのものより、インジケータを見ている方がはっきりわかることも多いのね。つまりそういう時には、「値のチャート」上ではトレンド続行中でも逆張りをします。でもそれはインジケータ上では順張りなのね。意味がわかりますか?

ま、どちらにしても「トレンドに忠実に順張り」という基本があって、ではトレンドをどう見るかという点で、イレギュラーな見方をすることもあるってこと。

ここは非常に大事なところなんですが、説明が難しいので、これに関して詳しく書いたこともなければ、メールでやり取りした方々にもこのことは書いていないはず。

また私は時間足チャートは参考に使うだけで、実際の売買には「練行足を使う」のはご存知の通り。

これで見ると、小さな動きは纏められてそこそこ大きな動きが見えるわけです。この微妙なところが大事で、細かすぎても翻弄されるし、大雑把すぎるとタイミングを逸するんですね。私は平均足が好きですが、これも一長一短で、細かな動きが纏められて見やすいけれど、タイミングは必ずずれるわけです。だから練行足を使い、なおかつ平均足を掛けたとしても、「元の値」に掛けた敏感なオシレータが絶対必要になるわけです。(たとえばMFIであり、QQE)

今日のこのトレーダーもスキャルでは2-3ピップス狙いなのに、なぜ1分足ではなくて5分足を見るのか。ここが重要なポイントだと思います。結局、「大きな動きが大事」なのは誰でも共通で、その中の小さな動きを取るという意味では私との共通点はあります。

この辺のややこしい話を文字で話してもご理解いただけないと思いますが・・・・。

私の手法の、自分が考える良いところは、「トレンドはフレンド」というトレンド重視の王道であるという安心感があるという点。これは馬鹿にできません。極論を言えば、「上昇トレンドで買いで入る場合、どこで入っても勝てる可能性が高い」ってこと。

そして大事なのは、「このチャートの見方は【大きな時間軸でも同じ】」ってことなんです。つまり、数分以内で決済する超短期売買でも良いし、あるいは数日、数週間、数ヶ月単位の長い時間軸のチャートを見ても、同じように使えるということ。

皆さん、私が自分の手法を「スキャル」と呼ばないのに気がついていらっしゃるでしょうか。

今日、紹介したトレーダーがまさにスキャルなんですね。

でも私の手法はまるで違うのは私の相場絡みの日記を読んでいる方はわかるはずで、私の手法は「汎用性がある手法を、超短期売買に使っているだけ」と言っても良いと思います。

ただし、それが良いのか悪いのかは別の話。

この辺はトレーダーそれぞれが「自分の性格」「好き嫌い」「やりやすさ」「理解しやすさ」に合い、そして「これなら勝てるという自信」を持てる手法を「自分で探すしかない」んですね。

今日、紹介したトレーダーが言っていました。「私の手法を商材化は出来ない、しない」と。

結局、誰にしも「真似から入る」のは同じだとしても、「自分のものは自分にしか使えない」と言っても良いのかもしれない。「他人が履きなれた靴をもらっても自分には合わない」のと同じ。

これは私が持てるものを全て息子に渡したいと思っている私が、今、一番感じていることでもあります。

 
 
 

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「カツオのたたき」を家で食べる 鮮度の良い魚はどこで手に入るのか

冷凍もののカツオのたたきを食べてみました。これはFocal社のもの。

臭い消しってわけでもないのですが、ショウガ、ニンニク、ネギを山のように使って食べましたが、やっぱりイマイチですねぇ。「カツオのたたきに飢えていて死にそう」ならこれで延命は出来ると思いますが。(笑)

やっぱりNSKで偶然見つけた大型で鮮度の良いスマ(カツオ)の方が段違いに美味しかったし、価格も10分の1ぐらいか。(小型のもの、鮮度が悪いものはいつでも売っている)

でもこれを見つけるのと交通事故に合うのとどちらの確率が高いか?って感じがします。NSKに毎日、通っていれば見つかるんでしょうが。

美味しかったなぁ・・・。見よ!この色の綺麗さ!

このスマ(カツオ)ですが、3キロで30リンギ。800円ぐらい。マレーシアでは「赤身の魚」ってメチャクチャ安いのね。火を入れて食べても美味しくないからだと思いますが。でも日本では高級魚。関東では「スマガツオ」、関西では「ヤイト」と呼ぶはず。味はカツオというよりマグロに近いかもしれない。

40センチのまな板からこれだけはみ出る大きさ。これで刺し身は何人前取れますかね。私みたいな大食いでも6人前は取れるんじゃないかなぁ。一般的な言い方をすれば、10人前ぐらい?上の写真は「半身」。

スマ(カツオ)って見分けるのは簡単で、パッと見た目は「サバ」みたいな模様。

ところがお腹のところに「黒い斑点がある」のね。これがスマの特徴。

この時見つけたスマは目もきれいで「私を買って~~」と私の目を見つめていたんですよ。(笑)

マレー語ではTongkolと書いてあるところが多いですが、それをスマ、あるいはカツオだと思ってしまうと大間違いで、マレーシアではマグロもカツオも「Tongkol」なんですね。で、カツオの場合は「Tongkol putih」、マグロの場合は「Tongkol hitam」。PutihとHitamの違いですが、これは白と黒。

マグロとスマ(カツオ)の違いは慣れればすぐにわかります。上がマグロ、下がスマ(カツオ)。マグロの大型のもの、美味しいものとはまだ出会っていませんが、もし同じ大きさ、同じ新鮮度だとしたら、私はスマ(カツオ)の方が美味しいと思う。同じ大きさだとすれば、マグロはまだまだ子供、スマ(カツオ)は成魚に近いってことじゃなかろうかと。

ローカルの魚を刺し身で食べる時には「鮮度」が一番大事ですが、マグロやスマ(カツオ)は「大きさ」もかなり大事で、小さなものは美味しくないと思います。でも「大型で鮮度が良いもの」と出会う確率は「日頃の行い」に比例するのかも。(笑)

ちなみに「ローカルの鮮度の良い魚をどこで手に入れるか」ですが、そのバイブルと言って良いブログがあります。ブログ主はすでに日本にお帰りになりましたが、この方の「鮮魚探し」は「執念」と言っても良いくらいで、ローカルのウェットマーケットはもちろん、KLにある卸売市場の新旧二箇所、そしてKLから西へ約50キロ弱のKlangにある「漁港の市場」などの情報が盛りだくさん。またローカルの魚そのもの関しても「魚図鑑」と言ってよいほどの情報量がある。当然、それは「(刺し身で)食べて美味しいローカルの魚」という意味です。

ただし、この方はNSKやTTDIの魚を「刺し身で食べる」ことはなかった様子。もっと良い魚が手に入るところを探し回っていたということですね。私はKlangの漁港まで行ったことはありませんが、かなり大きな卸売市場(新旧二箇所ある)へ行けば、「必ず良い魚介類があるというわけではない」という点は注意が必要で、「日本の卸売市場」を想像していくと(かなり)がっかりするはず。それは漁港やウェットマーケットも同じで、「刺し身グレードを探すのは簡単ではない」と思っていて間違いはないと思います。良いものがあると言われるところへ行っても、空振りで帰ってくる可能性はかなり高いはず。ローカルの魚で刺し身グレードを探すとしたら、「中途半端な妥協はしない」のが肝要かと。

でも私としては、NSKでもTTDIでも「確率は【かなり】低いにしても」刺し身グレードの魚を見つけることは可能だと思っています。(TTDIで仕入れた魚類を刺し身で出す日本料理屋も存在する)

そのブログは何度かこのブログで紹介していますが、「マレーシアの魚を刺し身で食べる」となると、この方のブログを読まずに先に進むのは無謀だと思うくらいです。私もこの方のブログの「魚に関する部分」は何度も読み返して頭に叩き込んでいます。

魚、市場関係の情報はいくつかに分かれて書いてありますが、右側のメニューですぐにわかりますので興味のある該当ページに飛んでみてください。

ひねくれ団塊世代のMM2Hチャレンジ日記

 
 
 

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