次男坊が来た~~~~~。残り少ない人生をどう生きるか。

次男坊が真夜中にシドニーから到着。Asia X。私達が先月シドニーに行って返ってきた時と同じ便。今回は「飛行場に迎えに来なくて良い」とかなりしつこくいうので、今、家で彼が来るのを待っている。

さぁてこれからの数日間をどうやって過ごそうか。

観光なんか一切せずに、家族団らんが目的。そして一族が集合。

多分、ダラダラと話をし、外食に行き、飲み明かす毎日になるはず。

彼は彼の家族ができたし、こういう過ごし方、家族だけでまったり出来るのもこれが最後になるはず。また彼から見ると祖父母にあたる私の両親も90歳を超えて、最近、かなり足腰が悪くなって外出する機会も減ってきた。いつか必ず来る日がだんだんと近づいているのを感じる。だから会える時間を大切にしないと。

これは私自身も同じで、シドニーから年に一度は必ず会いに来てくれる次男坊にも「俺たち親子が会えるのはこれが最後かもしれない」とは口には出さないものの、いつも彼が帰る時にはハグをして「来てくれて有難う」と言いつつ涙が必ず浮かんでくる。そしてこの次男坊の姿を心にしっかり刻んでおこうといつも思う。

実際にこの歳になると黄泉の国へ早々に旅立つ友人知人もちらほらでてくるわけで、次は自分の番かな?なんてことを考えることも増えてきた。

こういう感覚って若い時には全くなくて、人間はいつか必ず死ぬのはわかっているのに、まだまだそれは先だろうなぁなんて理由もなく考えていた。自分が死ぬことなんて全く考えなかった。

きっとみんなそういうふうに考えているのに、ある日ある時、「うそだろ?」みたいなことが自分の周りで、そして自分にも起こるんでしょう。

死期を感じた時って人間ってどうなるんだろうか。

でも不思議なもので、60を超えた辺りから「死ぬのは当たり前」という感じは強くなってきて、「死に対する恐怖」はだんだんと減ってきた。もともと「輪廻転生」を信じているわけではないけれど、昔から死は決して「終わり」ではないと思っていて「死から逃れたい」という気持ちはだんだんと薄れてきた。気になるのはあとに残された家族で、またまだまだ若い息子たちの将来、まだ見ぬ孫たちが幸せに生きていけるのかそれが心配。

だから私の残りの命は、彼らの将来の為に使おうと私が考えているのはいつも書いている通り。

それもきっと自己満足で終わるんでしょう。でもそれで良いと思うし、私は子どもたちが世に生まれてきた時と同じように、最後の最後まで彼らを愛し続けた、彼らのために頑張っていた父という記憶を彼らが持ってくれれば私はそれで十分だと思う。そして同じ様に、家族で助け合って、子供にはたくさんの愛情を注いで将来に向かって歩いて欲しい。

気になるのはヨメさんなんですわ。

彼女は一人で何も出来ない人で、そして半端じゃない寂しがり屋。両親も亡くし最愛の姉妹も亡くし、ほぼ天涯孤独状態のヨメさんには我々家族しかいない。だから結婚当時から「あたしの方が先に死ぬ」というのが彼女の口癖。

そんなにうまい具合に行くんですかね。

でも実は私もそのほうが良いと思っていまして、彼女を残して私が先にいくなんて、彼女の将来を想像しただけで「連れて行ってやろうか?」なんて思うくらい。(笑)

実際にもし私が突然行ってしまうようなことがあると、海外生活なんて彼女一人でできるわけがないし、子どもたちに(あの手のかかる女性を)頼むとも言いづらいし、どうなっちゃうんですかね。

だから私の計画としては、ある時期に日本に帰って「最後の住い」になるような老人ホームが併設されているシニアマンションみたいなところに入ろうと思っています。そうすれば私も安心。

今年、私もまた一つ歳を取るわけで、計画は先延ばしにしないでどんどん進めなければ、なんて考えています。そのうちに・・なんて思っているとその時が来てしまうのが人間の常だと思うし。

しかし良い人生だったと思いますわ。

30歳で仕事もできない、家から外にも出られないような重病に罹って、人生を捨てたような状態だった私を救ってくれたのはヨメさんで、そして結婚し、素晴らしい子どもたちも授かった。だから私にしてみると拾った人生みたいなもので、彼らのことだけを考えて生きることに苦痛を感じるどころかそれが私の幸せでもあった。

そして子どもたちもすくすくと育ってくれたし、私にしてみれば出来過ぎの人生。

だから最後は彼らに迷惑をかける事なく、静かに旅立ちたいなんてことを考えています。

でもその時はいつ来るかわからないわけで、でもその時を知りたいってわけでもなくて(笑)、私としては今から10年を目安に考えていて、それまでにいつ死んでも良いようにやらなければならないことだけは済ませておこうと思う。

もしかしたら、私の老後ってそれからが本当の老後なのかもだ。(笑)

老後は海外で好きなことをして過ごそうなんてことを私は一度も考えたことさえないし、そういう自分に関することは昔から身勝手、好き放題にやってきたわけで、もうこれ以上の欲望はないし、逆に今まで好き勝手にやってきたことの後始末をしないとならないと思うくらい。つまり「老後のご褒美人生」なんて私には全く関係なくて、「先にご褒美をもらった場合、老後にどうするべきか」が私の課題。

こんなところでも多くの人達と真逆だけれど、ま、子供の頃から変人だと言われ続けてこれまでになったし、人様とは逆のことをするのが私のやり方だったし、それがうまく行ったわけで、これからも逆であるのが私らしいのかもしれない。

あれはいつ頃だったろうか。

「人の行く 裏に道あり 花の山」

という格言を知ったのは。20代だったかなぁ。これを知った時には嬉しかった。まさに私のためにある言葉だと思ったから。それからは自分が他人と比べるとズレていること、自分が変わりものであることに悩むことはなくなって、自分はこの道を進めば良いんだと確信したっけ。これは仕事関係でも大きな収穫で、「大勢が良いと言うことはあえてしない」と決めていたし、「皆が無視、あるいは出来るわけがないと諦めているところに自分の生きる場所がある」と考え続けてきた。だから仕事でも周りの人間が「なんで?」というようなやり方をしたり。でもそれが当たった。

「大衆は常に間違える」という相場の格言があるけれど、これも事実だと40を超える頃には確信となった。だから自分が他人と同じことを考えていることに気がついた時には、「これは危険信号」だと思うようになった。そしてそれも当たった。

ま、ラッキーだっただけかもしれないけれど、私はこれらの格言に救われたと言っても過言じゃない。

さてさて、残された人生は私の人生の仕上げに使わないと。

やるべきことって際限がないのだけれど、命尽きるまで頑張ろうと思う。

この歌にも私は随分元気をもらったわ。いい曲だと思う。

「このままでは終われない。まだ夢の途中、諦めない・・・」

 
 
 

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