日本とブルネイの素晴らしい関係

ブルネイってとっても変わった国ですよね。ボルネオのマレーシアの中にぽつんとある小さな国で、石油や天然ガスが豊富で税金も(ほとんど)ない、大金持ちの国。

というかあのボルネオの国や、私達がマレーシアだと思っているサラワク州もなんだか独立国みたいな立ち位置でわけがわからない。

戦時中、当然、日本はボルネオ島にも進出してあの辺りを統治していたわけですが(ブルネイは日本国ブルネイ県)、その当時の話は日本では語られない。「アジアの人々に多大な迷惑を掛けた戦争」という大きなくくりで纏められているだけ。

あの戦争が侵略だったのか開放だったのかは難しいところがあると私は思っていて、私は左派が言う「侵略」が正しいとは思っていないし、でも最近の右派の一部が言う「アジア諸国は日本に感謝している」というのも誇張があると思っています。日本に対する東南アジアの国々の印象も、それぞれ日本がどんな統治をしたのかで差があるし。

戦後はブルネイの石油、そして天然ガスを日本が輸入し、大事な関係があるわけですが、そんなややこしい歴史の中に、日本とブルネイの間に一つの「美談」があるのを知りました。

こういう話はアジアにいくらでもあるんですね。日本が統治をしていた台湾やパラオは親日で、多くの美談、お互いに手を取り合って生きてきた歴史もある。私はそれを侵略だとは思いたくないし、インドネシアの独立に旧日本軍がどれだけ貢献したかというのは周知の事実だけれど、インドネシアの独立宣言の日付は「17・8・05」となっている。この意味までを知っている人は少ないかもしれないけれど、これは「日本の皇紀2605年8月17日」を意味する。つまり1945年8月17日。

また当時は日本の傀儡国であるのは間違いがないものの、ビルマの独立宣言の中にある「ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するなり」という一文も当時の【一部の】アジア人が持っていた意識として嘘ではないと思う。

でもま、戦勝国が歴史を作り、そして書き換えるわけで、当然、その地の教育でも戦勝国史観による教育がなされていて、かつての日本時代を懐かしむ歳よりもいなくなったらどうなるのか気になったり。そしていつか「日本は悪の権化」という歴史は間違いない世界史の一ページになるんでしょう。

それでも私は思うんですよ。あの戦争によって白人に寄る植民地支配は終わりを告げたと(そういう時代にすでに入っていたという論者も多い)。そして日本の統治によって大きく発展し、地元民にも感謝された地域もあると。「戦争の勝敗は、戦争目的を達したかどうかによって決まる」とクラウゼヴィッツが戦争論の中で言っていたけれど、そういう意味では白人たちの横暴にストップを掛けアジア開放のきっかけを日本が作ったのは間違いはなく、それを誰に讃えられることがないにしても私は日本人として、そういう部分もあったのだと心の中でひっそりと持ち続けていようと思っています。

 
 
 

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