「愛の貧乏脱出大作戦」を久しぶりに見て思うこと

何気なくユーチューブを見ていたところ、あの「愛の貧乏脱出大作戦」を見つけました。

愛の貧乏脱出大作戦でユーチューブを検索するとこういうのがたくさん出てきます。

その2。結末。

なつかし~~、と思いつつ見ていましたが、あれが放送されている頃もそうだったんですが、どうにも心が痛くなってくるんですよ。

あの番組に取り上げられるお店のご主人達って、それぞれ全く違うけれどどこか非常に大事なところが抜けている人ばかり。あれを見ていてどうしようもないなぁと思うのと同時に、自分とそっくりだ、自分を見ているようだと、そんな気になるんですよ。

あいつバカだなぁ、わかってないなぁ、だらしがないなぁ、やる気が無いなぁ、下手くそだなぁと思うんですが、同時に、自分もそうだって思う。他人事じゃない。私の育った環境は新橋でも老舗と言われた商家で、商売の基本はわかっているつもりだけれど、自分がその歴史を作ったわけでもないし店も引き継いで繁盛しているわけでもない。自分自身の生きてきた道はというとその店の足元にも及ばない、関係ない。

あの番組に取り上げられて、しっかり修行して良くなった人もいればやっぱり駄目で消えていった人もいるのは「愛の貧乏脱出大作戦スペシャル あれから10年」を見るとわかる。変身できてもなかなかそれを続けるのは難しいものの、あの番組で変われた人は幸運だと思う。普通、ああいう風にその道の達人に教えを請うなんてことはできないし、教えてもらっても簡単には出来ないし、また出来ても店の経営はまた別問題。それにしてもみなさんやっぱり大したもんだと思うんですよ。どうしようもなかったひとが奮起して頑張ってそれなりになっていく姿を見ると羨ましいと思うくらい。

自分はもう65歳の老人。自分の人生ってなんだったのか振り返ることが増えたけれど、あの番組に出てくる人たちみたいに本当に自分は頑張ったのかなと考えると、答えは否。適当に流した人生だと思う。でもあの番組に出てくる人たちみたいに苦労はしないですんだだけ。ラッキーだったんでしょう。

でも同じラッキーなら、本物の人たちと出会い、エッセンスを学び、自分もそういう本物になりたかったと思うんですわ。

それって野良犬が生まれも育ちも良い気品のある血統書付きの犬を見て感じること。あるいは警察犬、災害救助犬でもそうだけれど訓練されて高みに登った自信に溢れる犬たちを、あいつらすげぇなぁとフェンス越しに見ている様なもの。

じゃぁ野良犬なら野良犬としての何か高みみたいなのがあるかというとそんなのは何もなくて、生き延びることだけしか考えていなかった人生。

生き延びればそれでよいのか?

違うと思う。「何かをやり遂げた感」が無いんですよ。

だから私は今マレーシアにきたわけだけれど・・・。

なんだかなぁ・・・。

あの「愛の貧乏脱出大作戦」に出て、何かを掴んだ人たちのその何かに自分はまだ気がついていないような気がするんですよ。

 
 
 

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2 thoughts on “「愛の貧乏脱出大作戦」を久しぶりに見て思うこと

  1. 野暮な突っこみですが野良犬はそんなこと露ほども思ってないと思いますよ。

    「何かをやり遂げなきゃ」「立派に生きなきゃ」って発想が日本の中では根強いですが、
    オーストラリアのセーフティネットに守られながらのほほんと生きている
    現地人達のように変な呪縛からご自身を解き放って楽しく余生を送られてはいかがでしょうか。

  2. boradさん

    おっしゃることはよくわかります。

    でも私はやっぱり古いんでしょうね。そして私が持っている死生観も現代的じゃなくて、また前に「三島由紀夫の言葉に感動した」と書いたことがありますが、「人は自分のためだけに生きれるほど強くはない」というのが私にとっての真実だと思っています。

    だから「何かをやり遂げなきゃ」「立派に生きなきゃ」ってのも義務感から来るんじゃないんですよ。

    私の考え方って「蟻や蜂」に似ていると思っていまして、一族を守るために自分の命を差し出すのに全く恐怖も何も無いんですよ。

    そして大好きなお寿司も、一人で食べるより皆で食べたほうが間違いなく美味しいと思う。

    ただそれだけなんです。

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