自分は一体どこに住みたいのか、住むべきなのか・・・

借りているコンドの引越しに伴い、一ヶ月ちょっとAirbnbで住むことになりましたが、この17日間ぐらい、一切ネットへの接続を断ち、このブログもメールもニュースも一切見ないでいろいろ考えていました。

反省会みたいなものです。自分が若いときから何を考え、何を望み、何をしてきたのかも含めて冷静に、そして第三者的に自分を見つめていました。

こんなキッカケってそうそうないし、冷静に考えてみると「俺ってなんてバカだったんだ」なんてのもよく見えてきて非常に面白かったし有意義でした。

過去へは戻れませんし、いくら悔やんでも無駄ですが、残り少ないとは言え将来があるのは間違いがありませんので、これからどう生きて行くべきか、何を優先するべきかそんなことを考えていました。

今、我々はマレーシアに住んでいますが、将来どうするかは全く決めていません。ただ「今、やらなければならないこと」はハッキリしていて、長男をもマレーシアに連れてきてしまっていますから、やらねばならないことにブレはありません。

でもそれは死ぬまでマレーシアに住み続けて頑張ることではないのはハッキリしていて、でも途中で投げ出しても良いようなものでもなくて、ある程度の結果が出ない限り、ここマレーシアで頑張るつもり。

でも歳は間違いなく取りますし、心身ともにどんどん駄目になっていく実感はありますから、自分の望みとは別にして「マレーシアを出ないとならない時」は来るかもしれないと感じています。

MM2Hでマレーシアに渡ることを決めて10年、実際にマレーシアに渡って1年経った私の気持ちとしては、「マレーシアを最後の地とする」という思いはありません。ただ結果的にそうなってしまうことはあるにしても、「この地で死のう」という気は全く無いということ。

マレーシアを好きではないのか?と聞かれると困るのですが、でも正直な所、好きではないと答えるのが間違いはないはず。でも決して嫌いでもない。私としては「嫌いではない」ということだけでも凄いと思っているくらいで、世界広しと言えどもそう思えるところって意外に少ないんじゃないかと思っています。旅行で行ってみたいとか、旅行で行くには好きな場所や国って結構ありますが、住むってのは旅行とは全く違いますし、同じ基準で考えるわけにはいかない。

で、マレーシアという国は私にとって「何が何でも住みたい国」ではないけれど、この広い世界の中で数少ない「住んでも問題ない国」と思っているってこと。

またもしこの国を好きになったとしても、残念ながらこの国は「弱者には厳しい国」で、年寄りが自立して生きることは不可能だと思っています。まず街の建物や道路もそういうふうには出来ていませんし、移動手段を考えても体の不自由な年寄りが一人で動けるようには出来ていない。

医療に関しても風邪をひいたぐらいならまだしも、深刻な病気を抱えたまま私はマレーシアに居続けることは出来ないと思うし、そもそも永住権もなく、社会保障が全く受けられないただの長期観光ビザみたいなMM2Hで介護が必要な時期を過ごせるわけもないと思っています。誰か面倒を見てくれる家族がいるとか、金銭的なことも含めてなんでもやってくれる代理人でもいればどうにかなるかもしませんが、年寄り一人でどうにかなる国じゃない。そして何かあれば「国外に出るしか無い」のですから。

そういう意味ではオーストラリアは老人天国で、社会のインフラも老人向けに整っていますし、分厚い社会保障(永住権がないと意味がない)もあって、そして市民意識も高くボランティアも充実していて、家族に面倒を見てもらわなければ生きていけない世界ではない。

それを考えますと、オーストラリアへいつか帰ることも選択肢に入れても良いと思うし、二人の息子は中身はオーストラリア人でオーストラリアを故郷と思っているし、将来的にはオーストラリで住み続けるはずで、我々老夫婦としてはオーストラリアへ帰るのが正しい選択のようなきがするのです。

ところが家族が老人の面倒を見る社会ではなくて、自立して生活できるようになってはいるものの、統計的には私の方が早く逝き、その後、ヨメさんは一人で10年以上生きることになるはず。

問題はここなんですね。もうそろそろ海外生活も30年になろうというのに、ヨメさんは英語がまるで駄目。買い物やちょっとした話なら不自由はないものの、彼女一人でシティカウンシルに行くとか、銀行じゃなんじゃと書類に何か書き込んだり、申請を出すとか、裁判所や警察に行くことになったら完全なお手上げ状態。

二人の息子がいたところで、オーストラリアは別々の生活をするのが普通の国で、ましてや男の子ってまるであてに出来ないのね。これが娘でもいれば、おかぁさん、一緒に住む?とか近くに住んで・・なんてこともあるのかもしれませんが、そういう意味での助けは全くない状態で、ヨメさんがオーストラリアで一人で生きることは不可能だと思うんです。

だから日本に帰るしか無い。

それも私がまだ元気な内に、日本の「シニアマンション」みたいなところに入居し、もしヨイヨイになったらそのままその施設の中の「介護施設」に横滑りできるような場所を選ぶ。こういう場所なら、私はヨメさんを残して死ねますが、ここマレーシア、あるいはオーストラリアでヨメさんを一人残して逝くなんてことは絶対に無理。

ま、そんなふうに考えていまして、今の時点では日本には家もありませんし、親戚はほとんどつきあいもなくなり、友人関係もかなり希薄な友人しかいませんが、日本に帰るしか無いと思っています。

それも「もうそろそろ危ない」となって日本に帰るのではなくて、まだ十分自立して生きていける内に帰ろうと思うのです。そしていつくたばってもいいように身辺整理をしてシニアマンションに入り、元気なうちはそこを拠点として好きなことをすればよいかと。

では「そうする時」はいつなのか。これが今の私にはまだわからないのです。今私は64歳でヨメさんは58歳ですが、今の時点でもう日本に帰って「最後の場所」を決めるのも良いとは思っているのですが、その前にやりたいことがあるのは今まで書いてきた通り。

70歳を超えてる頃には具体的に考えないとならないだろうとは思っていますし、いまやろうとしていることも5年もあればそこそこ見えてきますので、10年以内にはどうにかなるかもしれない。

本音としては、もし計画通りにうまく行ったら早く日本に帰りたいと思うんです。来年でも日本に帰りたい。

海外在住者を見ていますと、「海外に住む理由」がよくわからないと思うことが度々あります。若い頃は海外に憧れを持ち、私にだってハワイに行ってきたなんて自慢する時代もありましたし、その延長線上で「海外に住む」なんてことに何とも言えない満足感があるのは理解できますが、今になると「未知なるものへの好奇心」はあるものの「海外へのあこがれ」なんて皆無になりました。

それどころか今の私は、日本に生まれ日本に育ち、日本が大好きなのに「日本を知らない」「日本を満喫できていない」ことの方に違和感を感じるのです。私の憧れの対象は「海外ではなくて日本」になっていて、私の大好きな築地周辺に住み、銀座も近く、行きたい時には温泉だろうが北海道九州だろうが行ける生活をしている日本人が「心底羨ましい」と思うくらい。

何よりの贅沢は「日本に住んで好きに生きること」だと思うようになりました。

私が海外志向だったのは高校生の頃からで、ドイツへ留学したいと親を困らせましたし、20代前半はグアムへ渡って人間らしく生きたいと努力していたし、その後は仕事で勝負するならアメリカ本土しかないと就職の道を探したり。

でもそれも出来ずに、日本でいつか結婚し子供が出来てからは「子育てはオーストラリアが一番だ」と思い、38歳の時に永住権を取り、そしてロングステイではなくて移民としてオーストラリアの土になるつもりで家族4人でオーストラリアに渡りました。

オーストラリアには本当に自由があると感じたし、誰の目を気にすること無く、やりたいことだけをやって生きていました。また私の海外志向の原点に「アメリカで見た裕福さ」があって、大きな家に住み、広い芝生の庭で大型犬と遊び、庭は湖に面していてそこの桟橋にはクルーザーがあって、夏休みにはそのクルーザーに乗って湖から大海に出てメキシコまで行って夏休みを家族と過ごす。当然、自分の家にはプールがあって、そこで遊ぶ家族の姿。ゴルフなんて金持ちのスポーツではなくて、高校生が夏場は学校帰りにショートパンツのまま友人と回る世界。

私が見たアメリカはあまりにも優雅で豊かで、日本とこれほど違うのかなんて想像もできませんでした。

こういうのをアメリカでまざまざと見てきまして、一体日本ってなんなんだ?とあえていえば大きく傷ついたんですよ。ロスの街角では石油が掘られていて、こんな国と日本は戦争したのかと本当に驚きましたっけ。

日本にいたらああいう生活は絶対にできないと思いました。それどころか日本人の豊かさは米国で言う平均以下なのは間違いがなくて、だから日本を出ようと。豊かになるには、人間らしく自分のあるがままを保ったまま普通に暮らすには日本にいたら駄目だと思ったんです。

でも海外に出るって難しくて、観光に行くのは簡単でも現地に住むにはハードルが高くてどうにもならず。

じぐしょーと思いつつ、日本でどうにか頑張るしか無かった私ですが、この日本ってのがまたなんでもかんでもがんじがらめで窮屈で、どこへ行っても出る杭は打たれるし、私にとってはろくでもない国でしかなかったんです。

そんな日本でジタバタあがいて生きていましたが、でも長男が3歳になる頃に、長男の寝顔を見ながら「こいつも俺と同じように他人の目を気にしながら自分を殺して生きていくんだろうな」と思った時に「冗談じゃない」と頭を叩かれるような気がしたんです。もうそろそろ幼稚園の「お受験」を考えないとならず、その次は慶応の幼稚舎か・・なんて考えていた時に、「駄目だ、日本にいては駄目だ、海外に出よう」と決心したわけ。

そしてオーストラリアへ。私が38歳、ヨメさん32歳、長男3歳、次男1歳。知り合いなんて一人もいない、仕事のめどなんか全く無いゴールドコーストへよく渡ったもんだと、今思うと恐ろしいくらい。

でも「これが自由なんだ・・・」って心底感激しました。俺が俺でいられる場所だと。そして子供たちも自分の人生を自分で選んで生きていける世界だと。

でもま、世の中って甘くなくて、でも好きなことをするのは苦労じゃないのね。やりたくもないことをやらないとならなかった日本のほうが私には苦労ばかりだったような気がします。

そして10代の頃にアメリカで見て腰を抜かした「プールがある家」「庭は川に面したウォーターフロント」も手に入れ、これでやっとあの時見たアメリカ人達に近づいたなんて思ったもんです。

でもある時、気がついた。こんなのは真の豊かさとは全く関係ないと。私が持っていたのは「豊かさに憧れた貧乏人のヒガミ」みたいなもんでしかなかった。

でも常に身近にいたヨメさんと、人種差別(時代とともにそれはなくなった)にも負けずにすくすく育ってくれた二人の息子たちとはしっかりした信頼関係が持ていていたし、自分としては意識していなかったけれど、これが豊かさなんだと気がついたわけです。

そもそも「家族が一番大事、子供命」だった私ですがこのころから考え方も変わってきて、目先の経済的な成功より、将来的な、普遍的な、そして私が育ってきた商人が大事にしてきたものに目を向けたいと思うようになって来ました。

ま、それが我々のマレーシアに来ることとどう繋がるのかの話は面倒なので省略しますが、私の個人的な願望を満たしたいという欲求は消えてなくなって、自分自身とは離れた「何か」の為に生きることに人生の目的を感じるようになったわけ。

だから自分は自分でも、日本にいた頃、オーストラリアへ渡ってから、そしてマレーシアに渡ろうと思った自分でまるで違う考え方をもって、違う人生目標を持っているのね。

でもフト、俺が本当に住みたい所ってどこなんだろうって考えると、頭に浮かぶのは日本のみ。(笑)

自分でも面白いと思うんですよ。海外に出る、海外に住むことしか考えたいなかった自分が、ジジーになると日本に住むことばかり夢見ている。

日本って本当に凄い。素晴らしい。

でももしまた日本で仕事をしないとならないとしたら、絶対にイヤ。勘弁して欲しい。

日本って仕事もせずに「引退」して住むとしたら最高の国だと思う。

私としては大好きな魚河岸の近くが良い。築地なら銀座も近いし。そして季節ごとに日本の素晴らしい地方都市を回ってみたい。

きっと日本に帰ることになる前に、マレーシアを拠点として「日本を楽しむ」という時期が来るかもしれないし、そうなったら良いなぁ。

でもそれを続けるのは絶対に不可能で、私が死ぬまえに、私がいなくてもそしてその頃には世界のどこで生活しているのかもわからない息子たちの迷惑にならずに生きていけるようにヨメさんの最期の地を確保してあげないと・・・。

ヨメさんにそれを話すと、「なこと心配しないでもどうにかなるわよ」と言うのだけれど、それでどうにかなるなら苦労する老人は居ないわけで、やっぱり亭主が女房の最後まで考えるってのは亭主の責任ですよねぇ。

息子たちに「お母さんのことはお前たちが責任を持ってくれ」って言えないし、オーストラリア的な個人主義の考え方を当たり前だと思っている息子たちは「俺達に任せてくれ」なんて絶対に言わないし、「先に逝く俺を許してくれ」じゃ済まないのね。(笑)

ま、これが考えて考え抜いて、やっぱりここに行き着いた私の今後のやるべきこと、やりたいこと。

頑張らねば・・・。

でももしも、万が一、ヨメさんのほうが先に逝くことになったら、我が家の将来は大きく変わる。私としてはマレーシアでもオーストラリアでもどこで野たれ死んでもかまわないと思ってるし。

気になるのは東京にある先祖代々の墓がどうなるのかぐらいか。(笑)

 
 
 

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8 thoughts on “自分は一体どこに住みたいのか、住むべきなのか・・・

  1. 私も海外移住して17年が過ぎ daboさんと同じような気持ちになることもあります。
    今いる場所に不満はないですが、やはり日本で骨を埋めたいいう気持ちが
    年々強くなりますね。
    昔読んだマスターキートンという漫画の中で主人公の母(イギリス人)が日本から
    故郷イギリスに帰る理由についてのエピソードがあり、うろ覚えですが
    『母の故郷はワサビでなくミントの香りのする場所だったんだ』とかいうセリフが
    とても印象に残っています。
    その時はただ素敵な言い回しだなと思いましたが、今はこの言葉のもつ意味を
    しみじみと実感できますねえ。

    • 春雨炒めさん、コメントをありがとうございます。

      故郷に帰りたいという気持ちって歳を取って初めて出て来て、そして年とともにその思いが強くなる。面白いですねー。

      山葵の香りじゃなくてミントだった・・・。うんうん、わかる、気持ちは一緒って感じですね~。

      と同時に、自分の命に対する思いも変わってきて、死生観の変化なんでしょうか。どこでくたばっても構わないという気持ちも強くなるのが面白いと思います。

       男児立志出郷関 
       学若無成不復還 
       埋骨何期墳墓地 
       人間到処有青山 

      男児志を立てて郷関を出づ
      学もし成らずんばまた還らず
      骨を埋むるに何ぞ期せん墳墓の地
      人間(じんかん)到るところ青山(せいざん)あり

      この詩が忘れられないのですが、これって故郷を出る時に詠む詩なのか、遠い故郷を思いながら詠う詩なのか、そんなことも気になったり。

      私の叔父がかなり前にブラジルに移民として渡ったのですが、日本に帰りたくて帰りたくて、「味の素」の看板(世界中どこにでもある)を見ては涙を流していたという話を思い出します。

      実際に帰るのか帰らない、帰れないのかは別にして、自分の心の中に広がる故郷への思い。これを大事にしたいですね。

  2. >日本って仕事もせずに「引退」して住むとしたら最高の国だと思う。

    未だにマレーシア入りできずorz…九州に根っこが生えてるように住み続けてる私。こんな私に九州で何か奥様とかdaboさんのお役に立てることってないかな~

    そういえば、話変わりますが、就航便数超少ないけど、エアアジア福岡⇔kl直行便が就航するらしいです

    https://www.traicy.com/20171105-D7kul
    ひゃっほー
    私なんか英語どころか標準語にも苦労してるいなかっぺ。たとえ国内でもトランジット無しは超ストレスフリー。都会だとキョロキョロしてしまうので「いよっ!待ってました」です

    以前daboさまが、「永住」としてのマレーシアより「チョイ住み?」のほうがmanilowさんにとっては良いかもよ・・・ってアドバイスしてくださいました

    直行便就航で私にも気軽に実現できるかもしれない 超うれし~
    でも就航したものの、福岡直行便不人気で就航中止とかにならんように、kl⇔福岡便の盛り上げ隊長に、私はなりたい

    「ここにお集いのマレーシアの皆様!九州は刺身でん何料理でん安くて美味しかよ。直行便で福岡に来てね~~^^ KL便人気が出たらペナン直行便も夢じゃない(笑)。私マレーシア大好きけん、早く行きたい、早く住みた~~い^^」

    • jazzmanilowさん、コメントをありがとうございます。

      超オヒサですね~~。お元気でした?

      jazzさんがいまだにマレーシア上陸をしていないってことは、「マレーシアに行く必要もない」ってことじゃないんですかね。そもそもjazzさんにしても他の多くの方々も、私から見ると「マレーシアに行かないとならない理由らしい理由が見えない」って感じるんですよ。

      なんだかかつて「憧れのハワイ航路」への思いがあったり海外に行ったことのある人達は「洋行帰り」なんて言われていた頃の、「海外に行く、海外に住むって凄いことなんだ」という得体の知れない憧れが一番の根本にあるような気がするんです。

      でもそんなのは「旅行でちょっと行ってみれば実態に気がつく」はずで、「住む」となったら自分が想像もしていなかった問題の山にびっくりするんじゃないかと思ったり。

      でもその経験さえも憧れの対象と考える人もいるわけですが、現実を考えた場合、そんな夢を追いかけていてよいのかどうかってことも多々あるんじゃないかと。

      つまり所詮ロングステイなんてのは金銭的に余裕があって、なおかつ「暇はたっぷりある」人たちのものじゃないかと私は思うんです。

      日本でも十分楽しめることを「マレーシアに行かないと出来ない」と考えたり、なんでもかんでも良い方に考えて「お国替え」なんてすると後でとんでもない思いをすることになるのが普通だと私は考えています。

      九州も住んだら面白いところで、私も年に数週間住めたら素晴らしいと思っています。住んでる人には毎日がマンネリでうんざりすることもあるのかもしれませんが、海外とて同じで、「なんでこんなところに来てしまったんだ?」なんて思う日が来るんじゃないかと。ヨメさんに「浮羽で住むのも良いんじゃない?」なんていうと「とんでもない。あんたは田舎の怖さを知らないからそういうことを平気で言う」って怒るのと同じかも。(笑)

      でもロングステイってのは何の縛りもありませんから、「帰りたくなったら帰る」ことが出来ますから、好きにするのが一番だと思いますが、それと「永住」と一緒に考えちゃうと大変なことになるのは間違いがないと思います。

      我々が意識せずに受けている市民サービスや社会保障もマレーシアには全く存在しないわけで、ある日ある時、何かあったときに茫然自失になる時がくるかもしれませんね。

      行きたいと思った時に遊びに行って、嫌なこと、面倒なことが起きる前に日本に帰る。マレーシアを好きなら、まさにそういう付き合いが方が一番だと思う私。好きなアーティストのファンクラブに入るのと同じで、適当な距離があるから良いんじゃないですかね。いつか本質的なもの、あるいは現実を見て、こんなはずじゃなかったとがっかりすることもないでしょうし。遠くから見て「良いなぁ、良いなぁ」って思ってい時が実は「思いの頂点」かもしれない。

      あるいは私みたいに、本当は海外なんてどうでも良いのに「日本から逃げるのが目的」だった場合、いつか「逃げても逃げられない」という本質的なところに気がついちゃったり。これも結構悲惨かもね。(笑)

  3. daboさん。こんにちは。私のつたないコメントがご迷惑をお掛けしたようであればご容赦ください。私が思うにdaboさんの現在、大成功ではないかと思うんですよ。ご両親とご子息達と皆さん仲良く、近所にお住まいですし。お孫さんがお祖母ちゃんと手をつないで歩いている様は理想のお姿ですね。しかも兄弟仲良く、ご両親を尊敬なさっておられる感じが伝わってまいります。そして何よりも、美しく、優しい奥様に恵まれてこれ以上の幸せって何でしょうか、と思うぐらいです。
    私も世界中に住んで40年以上になりますが、過去を振り返れば忸怩たる思い出は沢山あります。それはそれとして、自分なのだと飲み込んでいます。そう言えるのもdaboさんより一回り年長のなせる業、かも知れません。諦念ではなくて、うまく言えませんが、平家物語のようなものですか。きっと、daboさんはその都度、ご自身とご家族の為に誠実、且つ最善の方法を選択されて来られたのではないでしょうか。その事はご家族皆様十分過ぎる程ご理解なさっているのではないでしょうか。私から見たらとても羨ましい限りです。
    一方、日本に限らず格差社会、難民・弱者問題、等は世界的な課題で益々絶望的な規模に拡大しつつあります。私は家族に残せるものなどdaboさんに比べたら何もないですが、それなりに家族を見守っています。daboさんから見たら無責任かも知れませんね。終の棲家への思いはdaboさんと同じで漠然と日本かなーっと思います。人間至る処青山ありとおもうのですが。他方鬼籍に近寄るにつれて、祖国と言うか古里と言う気持ちも深い所で湧いて来ます。全く矛盾だらけですね。
    僭越ながら感じているまま書いてしまいました。重ねてご無礼お許し下さい。Harry

    • Harryさん、コメントをありがとうございます。

      迷惑なんてとんでもありません。ご心配なさらないように。

      人は誰しも性格も違う、考え方も違う、夢も違う、理想も違う、そしてやることも違う、出来ることも違う。同じな部分なんてなにもないと私は思っていて、「自分が自分の生き方をどう評価するのか」ってのはまさに自分の問題でしかありませんよね。

      また私は「ゴール」って無いと思っていて、でも死ぬその時まで「前に進むことをあきらめたくない」って思うんですよ。いつ死ぬのかわかりませんし。(笑)

      ただ【老い】って間違いなく来るのは実感としてわかりますし、そんな時に頭に浮かぶのは故郷のこと。面白いですね~~。

  4. 飛び込みで失礼します。
    どこに住むべきかー海外生活40年を締めくくり 今年半ば 日本へ戻って参った者です。
    社会保障の手厚い先進諸国は 例外なく そろそろ 保障が限界にきていると思われます。この先5~10年以内には 国の保障には頼れぬようになり 個人が各自の加入する保険でまかなうようになる可能性が非常に高いのでは?
    身も蓋もない言い方ですと 今の国保もサステインできなくなる。フランスも1960年代に出来た。国保が限界。
    私は61才ですが これから保険を探そうと思っています。来年にはクアラルンプールに住む予定ですが。

    • ストーブさん、いらっしゃいませ~。コメントを有難うございます。

      おっしゃる通り、どの国も「国民が夢見た豊かな生活」を実現したように見えても将来は危ういのが見えてきたのは間違いが無いと思います。

      やっぱり自己責任で自分の将来の決着をつけるしかありませんよね。

      私の姉は今67になったのですが、ストーブさんが書かれた「個人年金」に入っておりまして、それもかなり昔にまとまった金額を入れたので今では「あれがこれほど役に立つとは思わなかった」とニタニタしております。(笑)

      ただそれも「金利が高い時代」を通り超えてきたからそれがあったわけで、今の世界的な「低金利時代」を考えると個人年金にどれだけのパフォーマンスがあるのか疑問です。

      だからといってわけのわからないタックスヘイブンにある会社の商品は怖くて買えないし、買ったとしてもその程度の付き合いしかできないし、これまた難しいかと。

      ま、私の場合はトレーダーですから、人に任すより自分で稼いで、あとは息子に頼むしか無いと思っていますが。(笑)

      ただ一般論として「老後生活」を考えた場合、「年金」は一つの要素でしか無いと私は思うんです。それはオーストラリアを長年見て感じることなんですが、「老人社会」を国も国民を想定して国が成り立っていると感じるのです。

      金が無いなら無いなりの生活が出来るインフラも整っていますし、ボランティアの多さと質の高さは一体どうやって構築されたのか本当に不思議。

      またオーストラリアの年金は日本で言う「生活保護」みたいなもので、保険金は誰もはらっていないのに受け取れる。そして時代の要請としてプラスアルファの年金を導入するのも早かったし、それを誰でもが利用できるように、いや、利用しないとならないように法整備も出来ている。相続税もない。

      そういうことから考えても、「年金以外の諸事情」ってのが私は気になるわけで、マレーシアには「簡単に住み続けることは可能」だとしても、「物価が安い」「優遇税制」はあるものの、ではそれ以外に何があるのかというと私には何も浮かんでこないのです。

      この考え方はマレーシアに来る前から持っていましたが、今、一年経ってどんどん冷静にマレーシアを見れるようになった私としては「収入面で問題がなくてもマレーシアで老後を過ごすのは不可能」という結論に達しました。

      日本に帰りたいと思う私の気持ちは、単に「郷愁」だけではなくて、日本のほうが老後生活は有利だと考えているからです。

      それ以上にオーストラリアに戻るのが良いはずですが、ヨメさんが一人になる時に彼女だけでオーストラリアで住むことは不可能だと思うので、オーストラリアに戻るという選択肢はありません。

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