「人生の計画」はずーっと先までちゃんと練らなくては駄目だと思う今日このごろ

私自身の人生はどうでも良いというか、自分がこうしたいああしたい、ああなりたいとかの思いってほとんどありません。でも家族がいますし、まだ見ぬ子孫も含めて彼らのために何かしたいという思いは強いのはいつも書いている通り。

そして年老いた両親もいるわけで、何の偶然か、一族が皆マレーシアに集結しているのは幸せなことで、両親が望むように残り少ない人生を送らせてやりたいと望んでいます。

しかしですね、先日ちょっと我々の将来を考えていた所、「何の計画もないに等しい」と思ったのです。

これから何かを興す場合、あるいはそれの途中の場合、一体それがどうなるのかどう育つのかは誰にもわからない。ただ先を見つめつつ頑張るしか無い。

これはマレーシアで最後を迎えると決めている両親も同じで、いつか来るであろうその日を心静かに待っている状態。

一族の誰しもが考えているのが「ピンピンコロリ」であって、重病に罹ったり痛みに苦しみながら最後を迎える、あるいは寝たきりになりボケてそれが何年も続く(祖父は20年寝たきりだった)こともあるんでしょう。いやいや、徘徊したり暴力を振るう、排泄物を撒き散らすなんてこともあるのかもしれない。

「でもそういう考えたくないことは考えない」

これが我が家の現実であって、そういう嫌なことを想定するのではなくて、そういうことは「その時に考えよう」という心理が働いている。これは両親もそうだし、面倒を見ている姉もそうだし、私たち夫婦も同じ。

考え出すと一事が万事それと同じなのが現状だとわかった。

つまり何かが起きたら、我々全員がマレーシアから撤退し、(オーストラリアじゃなくて)日本へ帰るということさえもありえない話じゃない。そもそもマレーシアに日本人にあった老人用施設はまだ無いようですし。

夫婦仲良くいつまでも・・という夫婦は多いけれど、事故が起きたり、病気に罹ったり、また精神的に病む場合もあるし、「こんなはずじゃない」ってことが起きるのが人生だと思うわけです。

つい先日も「マレーシアに絶対に永住する」と今まで公言していたご夫婦ですが、「実は、日本に帰ることも視野に入れている」と言い出したのでびっくりしたばかり。

結局、「計画」とは「淡い希望」でしかないと最近思うんですよ。そしてその計画、希望、夢、それをなんと呼ぼうと構いませんが、なんてことはない「ちょっとしたこと」でそれが崩れる。

私は自分で自分を「プラス思考」だとは考えていないのですが、心の底を探ってみると「良いことしか考えていない」のが事実で、「臭いものには蓋をしている」自分がいる。

でも本来、「プラス思考」というのはそういう「闇」にも光を当てて対処方法を考え、どうにもならないことでもそれを「無いものとする」のではなくて「共に生きる」のがプラス思考なのだと思ったり。

でも考えたくないことっていっぱいある。(笑)

それって考え出すとキリがないくらいたくさんあって、これだけあるなら「その内の幾つかは間違いなく起きるだろう」なんて気もしてきます。

そしてそれが現実なんだろうと。

こういう話を家族の誰に話しても乗ってきません。嫌な話なんか聞きたいくもない、考えたくもないってのはやっぱり同じ。

だからといって「その時に考える」ってわけにはいかない。着の身着のまま自由に動けるならまだしも、お金のこと、資産のことにしても、「何か起きた場合、このままの生活を維持できるのか」って簡単にはいかない。でもそういう問題は先送りしたいという思いが我が家の全員にあるのがはっきりわかる。

ま、それが普通だとは思うけれど、保険という概念もあるわけだし、言いたいことを言ってやりたいことをやるだけなんてそれじゃ子供といっしょですもんねぇ。

特に我が家の場合は「年寄りを説得するのは不可能」ですし、我が家の女性は「そういう話を嫌う」「自分が面倒なことになることからは逃げたい」傾向があるので、せめて私の話を理解できる子供たちとは「来るべき時が来たらどうするのか」って話を決めておきたいと思っています。

これは年老いた両親の話だけじゃなくて、私とていつ死んでもおかしくない年齢になりましたし、いろいろ想定しつつ「決めることは決めておこう」と思いました。

心配するようなことは起きず、万事がすんなり動いていけばそれはラッキーでしかないってことなんでしょう。でも「絶対に避けられないこと」って間違いなくあるわけで、それを考えることさえも「先送り」してはうまくない。

何か起きてから慌てふためいて「わけもわからない方向へ流されていく」という生活だけはしたくないと思った。

 
 
 

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「人生の計画」はずーっと先までちゃんと練らなくては駄目だと思う今日このごろ” への2件のコメント

  1. ひこさまも老人ホームやったけどその後どうなったのでしょうね
    とはいえ私のようなマレーシアで死ぬつもりの人同士の会話が
    みんなで出資してシェアハウスしようよなんて事がまじめに語り合ってます

    • ホームやシェアハウス構想、実験もいろいろあったようですが、やっぱり「自力では無理」ということじゃないですかね。それは当初からわかっていて、企業誘致もかなり頑張っていたものの、「望んだものは出来ない」ってことかと。

      ただそっち関連の日本企業がマレーシアを有望な市場と見ていて、進出計画はいろいろあるみたいなんですね。でも日本人をターゲットとは「全く考えていない」わけで、我々には関係ないかも。

      でもその辺に小さな希望を私は持っていて、注視していたいと思っています。

      シェアハウスってのはそれぞれが「自分に責任を持てる状態」だから成り立つのであって、心身ともにおかしくなって、経済的にも自分に、あるいはマレーシア、世界に変化が起きた時に全く対応できませんよね。

      悪いけれど、大西さん、退所してほしいんだけど・・なんてことになったらどうする?(笑)

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