小林真央さん

彼女がガンに侵されていると聞いたのはいつのことだったか。あらら、大変だ・・と思いました。普通ならそれで終わるところが、私がいつも見ているヤフーのポータルサイトでは「ほぼ毎日」小林麻央さん関係のニュースが出るんですわ。

正直なところ、あまり読みたくないなぁと思ったのは確か。

ところが毎日毎日ニュースが流れるとどうしても読んでしまう。そして段々と引き込まれていって、彼女のブログや海老蔵氏のブログも読むようになり、「他人事とは思えない」ようになってきました。

彼女が綴るブログから感じることは「絶対に負けないと決心した人間の強さ」であって、実際には弱気になったり思い通りにいかないことを周囲に当たり散らしたりすることもあるんでしょうが、彼女から発せられるものは「笑顔を保ち、周囲に感謝し、戦い続ける姿」であって、読んでいる方としては感動もたくさんあったし、「頑張れ、負けるな」という声にならない声援を何度だしたことか。

でも「自宅療養」にすると知った時には、「難しい状況になったか」と思いました。それでも応援する側としても望みを捨ててはいけないと思ったし、彼女のブログに釘付け。

でもとうとう来る日が来てしまった。あまりにも早いと思った。残念・・・という思いだけが残る。

彼女自身は病に勝つことはできなかったけれど、彼女の闘病を通して、病、死、愛、家族とはなんなのか深く考えるキッカケをもらったのは確かだし、同じ病を持った人たち、そしてどうにもならない状況で苦しんでいる人たちに「光」を与え続けたのも確かだろうと思う。

自分には今のところ病らしい病はないけれど、来るべき時は間違いなく近づいて来ているし、それは親族も同様で、「いかにその時まで頑張る」か、「いかにその時を迎えるか」に関しては随分考えさせられました。

彼女が海老蔵氏と結婚した時に「来世も一緒に・・・」と言っていたのは覚えていて、本当に仲の良い、愛し合っている夫婦に見えた。これはあの年代だからというのもあって、結婚して何十年も経ち、歳も取ってワガママで頑固になってくると「愛も違う形になる」と思うし、すでにそうなっている自分の意識と比べると「羨ましい」と思ったことも何度かあった。

そして彼女が最後に海老蔵氏に発した言葉は「愛してる・・」だったそうな。(T_T)

もうすぐ訪れるであろう自分のその時に、その言葉はでないだろうし、聞くこともないはずで、でも「愛」に違いがあるのかどうか、そんなことを考えたり。

小林麻央さんは、自分の命、闘病を通して多くの人たちに感動を与え、自分や自分の環境を振り返るキッカケを与えてくれたのは間違いなく、私はそれに心から感謝したいと思う。

と同時に、医療の問題点や検査に関しても考えさせれたわけで、特に「セカントオピニオンの重要性」。小林麻央さんも「悔いてもどうにもならず苦悩した」のがここであるはずで、「問題ないでしょう」という医師の言葉を疑えば違う人生になっていた可能性が大いにある。

まさにこれも他人事ではないわけで、私の年齢になると「重病に罹っても放置する」という人がちらほら出てくる。ましてや私の両親は90歳を超えていて、つい昨日も「病気になっても病院に行きたくない」と母が言っていた。

そりゃベッドに寝ているだけで、多くの管や器具をくくりつけられて「延命するだけ」の治療ならしなくても良いと思うものの、「早期発見できればまだまだ生きられる」のも間違いがないはずで、医師との付き合い方は真剣に考えないとならないと思ったし、それこそが小林麻央さんが自分の身体を張って我々に伝えてくれた「注意喚起」だろうと思うわけです。

海老蔵氏やお子さんたちのことを考えると胸が痛むけれど、「来る時は来る」の誰でも一緒で、しかしそれは医者との付き合い方一つで、「変わることもある」のを忘れてはならないと思いました。

小林麻央さんにはお礼を言わなくてはならないと思います。

そして「来世はうまくやってね」と言いたい。海老蔵氏とはぐれることがないように祈ってます。

 
 
 

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4 thoughts on “小林真央さん

  1. 昨日居酒屋でたまたま居合わせたオヤジ3人の話題にもなりました。
    ひとりは医師で彼いわく、
    何度も臨終の場面に立ち会ったが「愛してる」はあり得ない。
    「愛してる」と言えるぐらいだったら、死なねえと。
    海老蔵が「あ・・り・・」を「あ・・い・・」と勘違いしたんじゃないのか。
    「あ・・り・・」なら「あ・・り・・が・・と」で、あり得る。

    どうでもよい話のようですが、妙に納得しました。

    • 私も「愛してる」にはちょっと違和感があって、その言葉に「愛している」という意味ではない彼女の「無念さ」「未練」「執着」「永遠なるものにすがりたい気持ち」を感じました。

      34歳の若妻はそういう思いを持つであろうということは想像できますし、でもそれを直接出さないのが今までの彼女のブログでも同じで、「愛してる」という言葉を選んだのはまさに彼女らしいような気もします。

      「有難う」「出会えてよかった」あたりの言葉を「自分の時には」言おうと思っている私。(笑)

  2. 小林麻央さんが逝ったとき考えることがありAJCNのメンバーに打ったメールです。前のコメントを書かれた方と違う意味で違和感を感じたためです。

    小林麻央さんが逝くときの状況について朝日は下記のような記事を書いています。

    「ずっと麻央は、きっと皆様のそばにもいると思う」「『愛している』と言って旅立ちました」。フリーキャスターの小林麻央さんが亡くなったことを受け、23日、東京都内で会見を開いた夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さん(39)は、涙ながらに語った。梨園(りえん)の妻として夫を支え、闘病ブログの筆者としてがんの患者たちを励ました麻央さん。喪失感が広がった。
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    昨夜日本のニュース動画で市川海老蔵氏の記者会見を見ていたが、考えさせられました。麻央さんは進行性の乳がんに冒されていたことがわかり3年弱闘病生活を送ってい
    ました。彼女はこの期間に何を考え何をしていたのだろうか。もちろん闘病のための治療以外に。たぶん以下の2つであろうと私は思います。

    1.2人の子供との間の思い出を作る。これは死のうとしている自分のためではなく、幼い子供たちに母としての自分の記憶を脳に刻むためです。私の家族は、両親が二人ともパートナーと死に別れ(父)生き別れ(母)でした。そのため自分よりかなり年長の同じ父を持つ兄2人と、同じ母を持つ姉、という複雑な家庭環境でした。長兄は病死した実母の面影を覚えていたため、どんなに継母(私の実母)にケアーされ育てられても、母が死ぬまで面と向かってお母さんとは言いませんでした。まだ小さかった下の兄は、性格もあるのでしょうが、お母さんと呼んでいました。別れた夫のもとに女の子を置いて実家に戻った私の母は、未練が残って、娘の幼稚園に隠れて娘の様子を毎日見に行ったと私に話していました。私が成人したあとある日、名古屋に一緒に行こうと言い出し、私は初めて自分の半分血のつながった姉を名古屋の料理屋の個室で紹介されました。母は見捨てて悪かったと泣きましたが、姉はいいよ、こうして正式に会えてうれしいと、母を抱きしめて泣いていました。泣きながらしばらく抱き合っている女二人を前に、私はただただ茫然と見守るしかありませんでした。後添えをもらった父親も亡くなり、裕福な家庭で育った姉は大学を出て、名古屋大学のプラズマ研究所の助手となり名古屋に住んでいました。私は話が合うので出張の帰りに姉の家に泊まっていろいろ話をしました。姉は考えるところがあるらしく今でも独り身を通しています。
    実の親子の縁は切れません。しかし育ての親の影響力が強くなる場合もあります。麻央さんは自分の記憶を幼い二人の子供に植え付けるため、種々のイベントを行って忘れられないよう努めたのだと思います。

    2.そして最後の「愛している」という言葉ですが、これは海老蔵にとって重い鎖です。麻央さんは死ぬときに彼に何を言うかずっと考えていたのだと思います。
    海老蔵は育ちの良いボンボンで、女もつくし酒癖も悪く、結婚当初は麻央さんも随分と苦労させられました。彼の性格をよく彼女は知っていました。そしてこの言葉。海老蔵の記憶の中で、容易に彼女の面影を忘れられないよう、言葉のくびきで彼を縛りました。これ以上ない言葉で。二人の愛の結晶である二人の子供の不幸につながるようなことはしないでという願いも間接的に込められています。梨園の世界ですからこれから海老蔵に後添えををいう、周囲の声も出てくると思います。昔であれば姉の小林麻耶が後添えになるのが普通ですが、今はどうか。麻央さんは子供たちの面倒(すべてではないでしょう)を麻耶さんに頼んでいると思います。
    女の執念の強さは過去にいろいろなケースで見せられましたが、強烈に覚えているのは、私の両親の仲人の方の奥さんが、亡くなられたとき女癖の悪い旦那の不実を恨んで死に際に白蛇の掛け軸をかけていたケースです。愛か怨みか、対立というよりも一つに縒り合わさった一つの分かちがたい強い感情でしょうか。
    ちょっと何人かの死に際のことを思い出して感傷的になりました。健康に感謝しましょう。
     家族のつながりをいつも考えておられるダボさんなら私の書きたいこともお分かりと思います。

  3. 「愛している」に関しては私もいろいろ考えがあるのですが、ここには書けません。

    ごくごく一般論としてなら書けますが、そうだとしても当然それはあの夫婦のことを意味しているのははっきりしていますし。

    ま、「ドキッ」とする言葉ではあるということで・・・、

    ただそう思うのは私が男性だからかもしれず、女性はまた違う感じ方があるのでしょう。

    どちらにしても「愛してる」という言葉が発せられたというのは事実でしょうが、それ以上のことを突っ込んで話し合うのは「野暮」じゃないですかね。

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