KLに旅立つ日がほぼ決まりました

まだ確定ではありませんが、多分10日になると思います。

それが確定するのははやり週明けの月曜日で、その日に飛行機やホテルを取ろうと思います。

今、住んでいるコンドの鍵は9日の夕方にマネージメントオフィスに渡しますし、8日と9日はどこかホテルを取る予定。そして10日にはホテルから飛行場、そしてクアラルンプールへ。

明々後日の日曜日には我が家の私物のほとんど全部をもらってくれる方々にお渡しする予定。

冷凍庫からオーブン、圧力鍋、フライパンやら鍋釜、フードプロセッサもジューサーも真空パック器も全て日曜日にはなくなるはず。でもこのユニットはフルファーニッシュトですから、シーツや枕、調理器具も(寂しい物)が一応そろっていますので、どうにかサバイバルは出来ます。でも寝泊まりするだけで、日曜日からは外食中心になると思います。

あと一週間でこのコンドともお別れ・・・・。

最初は自宅を売るまでの短期間だけ・・と思っていたのが結局6年も住んでしまいました。何をやっていたのか。

でもこの6年を振り返ってみますと、「機が熟す」ってことがやっぱりあるんだろうと思います。そして今がその時。

このコンドを借りようと思って見に来た時のことを思い出します。なんせ見晴らしが抜群で、皆で「うわ~~~~凄い」って声を出しました。ここから見える風景ってまさにゴールドコーストそのもので、それまでは住宅地の一軒家で地べたに這いつくばって生きていましたから「初めてゴールドコーストに来た気分だね」なんて話ていました。

ベランダから見えるある夏の日。

でも長年住んだ自宅はネラング川の本流に面しているウォーターフロントで、自分の家の桟橋から魚釣りも随分楽しみましたし(季節感がなく一年中、黒鯛とキス、コチしか釣れない 笑)、大きなマッドクラブはいくらでも仕掛けを入れておけば捕れましたし、結局はほとんど使いませんでしたが、大きめのプール、サウナ、ジムがあるような家で、ゴールドコーストの生活という意味では申し分のない自宅でした。

何年も放置し「現状」でボロボロの状態で売った時の写真。

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でも手入れもちゃんと出来なくて、最終的には汚くなってボロボロのまま叩き売ることになったのは、我々家族4人を見守って育ててくれた我が家に対して本当に申し訳ないと思っています。

泣いたり笑ったりしながら毎日見て過ごしたベッドルームからのこの眺めも一生忘れまいと思います。

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2015-11-16_17h34_48

KLに向かう前にこの家の前に行き、今までのことをしっかりお礼を言って、旅立ちたいと思います。嬉しい時も挫折してもう自分は終わりだと思った時も、いつも我々四人を暖かく包んで守ってくれました。

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25年の年月ってやっぱり結構長くていろいろありましたが、子供たちはちゃんと成人し、一家離散なんてこともなく、また離婚話は何度出たかわかりませんがどうにか未だに一緒にいますし(笑)、我々は本当にラッキーだったと思います。

でもとうとうゴールドコーストの生活には見切りを付けるしかなく、巷では「ダボさんのところは都落ちだね」なんて陰口も言われているようですが、我々としては次のレベルに「上がるつもり」でマレーシアに渡ります。でもいつも書いていますように、ご褒美人生でもなければ、遊び三昧、旅行三昧して老後を楽しむつもりは全く無く、逆に今まで好きなように生きてきたからこそ、両親のこと、姉のこと、ヨメさんや子供、そしてまだ見ぬ子孫たちのことを考えると、「私としてやらねばならない」ことが山のように頭に浮かんでくるんです。

このまま自分たちの老後を愉しめば良い、なんてことは私は一切考えていません。逆に、今までラッキーだったのは世の中のおかげでもあるし、本当に好き勝手に人生を送って来ましたから、「私の人生はもうこれにて終了」でも良いと思うんです。もう十分、頂くものは頂きました。だからこれからは「自分以外のことを考えるべき」であって、まずは自分の家族、一族の現在、将来を考え、そして世の中への恩返しを徐々にやっていこうと思っています。

ゴールドコーストには本当に「有難う」というしかないし、家族皆で無事に人生を送れたのはやはり何か「見えない力」が働いたのかもしれない。少なくとも「良い縁」が無ければこうは行かなかったはずで、世の中の存在の全てに心からのお礼を言わなければならないと思っています。

ゴールドコーストのこの景色、そして空に、海に、太陽に、風に、そしてこの土地に住む人々、日本人もオーストラリア人も他国の知り合う縁があった全ての人にも有難うと言いたい。

どうも有難うございました。m(_ _)m

でも決して「さようなら」ではなくて、年に何ヶ月はまた戻ってくるようになるはずで(どこに泊まるんだ? 笑)、今までお世話になった方々、友人たちにはあえてお別れの挨拶はしません。

さてさて、我々にはかけがいのないゴールドコーストですが、これからマレーシアに行って、また一つ愛する国、場所が出来たと思えたら良いなぁ~~~~~。

どうなりますか・・・・・。

 
 
 

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KLに旅立つ日がほぼ決まりました” への2件のコメント

  1. daboさん
    ご苦労様でした
    私もdaboさん 同様 最初は一軒家でした 場所はヘレンズベル
    15年で 5回位しか入らなかった プール等 思いでが有るので
    年に一回位 元の家を見に行きました 感謝を込めて 眺めて来ました
    土地は1400坪 ウォーターフロントに憧れ ポンツーンも造り
    さぁボートだー でも 其の頃バブル崩壊し ボートは断念
    でも ゴールトコーストに家が 有ったお陰で エネルギーを
    貰えたので 今日迄何とか
    約30年間 多い時は年に 10回~15回 平均 3日~5日の滞在
    帰りのヒコーキの中で 次は いつ来れるかなーと 思いつつ
    最近では年に 3回~5回位しか 渡豪出来ていません
    昔の知り合いは 殆どおりません 皆さん 亡くなったり
    日本へ帰ったり タイに場所替えしたりです
    daboさん 身体を大切に いつまでも お元気で いて下さい
    マレーシアからの 発信 楽しみにしております
    貴殿は沢山の趣味が有り それも 徹底的にこだわり 何でも
    プロ級の腕前 きっと ボケは無いと思いますので
    アルツハイマーの特効薬も開発された様ですね
    では daboさん お元気で行ってらっしゃい

    • ユキさん、有難うございます。

      ゴールドコーストの同じ時代を生きた人たちって、多くはもう年寄りですし、表舞台からは皆さん消えていきましたね。また当時はバブルが崩壊したにしても日本も日本人にも今に比べれば活気があった。若さというか馬鹿さというかみんながそんなものを持っていたような気がします。多少浮かれていても生きていけた。(笑)

      しかしボートに関してはユキさんもうまく逃げられましたね~。ウォーターフロントなんて想像もしたことの無い日本人がウォーターフロントに住むと、「この景色の中にボートがないと何かおかしい」って思うんですよね。あの頃のウォーターフロントではボートを持たない家の方が少なかったくらいだし、我が家の裏の家なんてヨットというより「帆船」を持っていて、あ、そうそう、ボートはないけれどヘリポートを浮かべている家もあった。水上飛行機を係留しているような家もあって驚きました。

      俺も・・・って思うわけで(笑)、大きなクルーザーを買う日本人も結構いましたが、「飾り」になって結局、維持できなくなって売り飛ばしたりね。本当の海好き、釣り好き以外で維持し続けた人を私は知りません。

      プールも似たようなもんで、プールのある自宅なんて若い頃には想像もできませんでしたものね。テレビの中に出てくるアメリカの家を見ては「あんな世界もあるんだ・・」なんて思う程度。でもこちらに来て、ましてやウォーターフロントだとプールって絶対にないと駄目だったんですよね。お風呂のない家がないように、プールがないと家の価値が・・・って話は普通にあった。

      でもプールサイドでいっぱい飲みつつ・・・なんて夢を見て、それを実際にやって満足するも長続きしないのね。糞暑いし、ミジや蚊にやられるだけで、喜んでいたのは子どもたちだけでした。でもその子どもたちも段々と入らなくなる。プールって無用の長物だと思いました。存在するだけで金がかかるし。

      でもそんな生活を経験できたのもゴールドコーストに来たからで、今思えばバカだったな・・なんて思うことだらけだけれど、経験できたことが自分の財産になりました。

      マレーシアで落ち着いた頃にはユキさんも是非遊びに来てくださいね。

      まるで環境が違うどころか正反対と言っても良いくらいで、ゴールドコーストが好きな人にクアラルンプールが合うとは思わないし、ましてや東京に住んでいて、なんで東南アジアの都会へ?って思うかもしれませんが、ゴールドコーストには無いものがたくさんあって、もしかしたらシドニーメルボルンと似ていて(これらの都市より活気がある)、糞暑いのが玉に瑕ですが、楽しみは見つけられると思います。

      お待ちしていますからね~。必ず来てくださいね。

      ところで私のボケはもうかなり進行しています。車で買い物に行って、駐車場に車を止めたのを忘れて歩いて帰ってきちゃうぐらいですし、ヨメさんに買い物を頼まれた時には、たとえ3種類でも紙に書いておかないと忘れたり、違うものを買ってきたり。

      まだまだ老いを楽しむ心境にはなれなくて、大丈夫な内にやっておかなくちゃと思うことばかりで、私自身は結構焦っています。心身ともに衰えてきましたし、自分の中にあったものが知らない内に溶けて消えてしまう様に思い出せなくなるし、これから最後の花を咲かそうと思う私としては不安がいっぱいです。

      でも全ては神様にお任せしようかと・・・。(笑)

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