KLに住む年老いた母と電話で話した&人生の不思議

久しぶりにKLに住む母に電話をしました。用らしい用もないのですが、もう90ですし健康が気になるのでご機嫌伺い。

ダボ 「おっすぅ。俺。元気にしてる?」

母 「ああ、電話ありがとう。どうにか生きてるわよ。あんた達は?」

ダボ 「我らは相変わらず。ところで、そっちは暑いんだって?」

母 「そんなことないわよ。今日は涼しいし。」

ダボ 「へーー、ヘイズが凄いんだって?」

母 「全然。大丈夫よ。」

ダボ 「そっかぁ。ところで、これから2ヶ月以内、8月にはそっちに行くからね~」

母 「あら、そう。嬉しいわ~~。孫の顔が見れる」

ダボ 「息子とヨメの顔を見るのは嬉しくないの?」

母 「あんたねぇ、私たちは孫だけが楽しみで生きているのよ。」

ダボ 「わかっているけどさぁ」

母 「孫達がもしいなかったら私たちはCg[yuwfgj9af’a-9u3agoj’・・・・・」(と延々話が続く)

ダボ 「ま、とにかくお盆前には行くから、オヤジにも言っといてね。」

母 「あんたたち、将来はどうするの?私達がいなくなったら好きなところで生きなさいね。」

ダボ 「俺ら夫婦は日本に帰るしかないよ。」

母 「日本?日本は危ないよ~。」

ダボ 「でも俺達の面倒を見てくれる人は誰もいないし(嫌味は通じたか? 笑)、俺が先に逝ったらXX子が一人で海外に住めるわけもないし。」

母 「そうかぁ、そうよねぇ。」

ダボ 「ま、とにかくそういうことで8月には行くから」

母 「オッケイ。待ってるわよ。」

とまぁ、途中、母の長話を交えて、いつも通りの会話。

あと2ヶ月かぁ・・・・。

両親と私と姉と、家族4人が同じ国、同じ都市に住むなんて何年ぶりなんだろうか。35年?40年?

面白いもんですね。あの当時は、自分も含めてまさか海外に住むなんて想像もできませんでした。私たちはオーストラリア、姉はハワイ→サンディエゴ→マレーシア。両親はマレーシア。

今回、家族4人が合流しますが、これも偶然というか奇跡に近いと思います。

そもそも我々が「マレーシアに行こうと思った」時にはすでに姉夫婦はマレーシアに上陸した後だったんですから。我々がマレーシアに行こうと思うと言った時、その話を聞いてビックリ。彼らがマレーシアに行くなんて話は一切聞いていませんでしたし、まさか姉が長年住んだアメリカを離れるなんて想像もしませんでした。でもなぜ同じマレーシアなのか。

それを聞いて焦ったのが当時は日本にいた両親。娘と息子がマレーシアに住むと聞いて、閃いたんでしょう。「俺達も行こう」って。あの時点ですでに80歳を過ぎていたはず。その後の動きは早かったなんてもんじゃない。あっという間にMM2Hも取って、自宅を叩き売ってさっさとマレーシアに渡ってしまった。ところがそのままだったら両親は二人だけで生活出来なかったはず。英語もろくすぽわからない80代の夫婦だけで生きていけるはずがない。ところが時を同じくして、夫婦でマレーシアに渡った姉が独り身になるということが起きた。これも偶然の出来事。

オヤジたちの「俺達も行こう」ってのは80代の年寄りが考えることじゃなくて、今思えば、マレーシアに渡ってから年寄りだけでどうやって生活するつもりだったんですかね。最初から同居するつもりだったのかな(笑)?どちらにしてもあの時の両親の「暴挙」「無計画さ」「思いつき」がなければ、家族4人でマレーシアでの合流はあり得なかった。またマレーシアに来なかったら寂しい老後で今頃どこかの老人ホームにいただろうし、姉も私も海外で好き勝手に・・・ってわけにも行かなかったはず。

で、たまたまマレーシアに渡ってからいろいろあって独り身になった姉と同居しようということで3人が一緒に暮らしだした。姉との同居が無ければ両親は日本に帰るしかなかったはず。自動車の運転はもちろんもう出来ないし、歩くのだってゆっくりで危なっかしい。買い物だって彼らだけで行けない。銀行じゃ病院じゃなんて絶対に無理。

あれから7年。姉が介護士みたいな感じになって24時間つきっきり。その間、姉は2泊3日の旅行も行けなかったし、3,4時間家を空けただけで年寄りは大騒ぎ。姉も愚痴は言っていたけれど、大したもんだと思いますわ。そもそも家にジッとしている人じゃなくて、若い頃から社交的、外に出るのが大好きで、いつも世界中のどこかをウロウロしていたような姉でした。

あの我儘オヤジがどうしてマレーシアを気に入って「俺は絶対に日本には帰らない」という決心が出来たのかも不思議。私だったら息子か娘に「やっぱり一緒に日本に帰ろう」って言いそう。(笑)

この家族4人がついに合流。私のヨメと孫一人も一緒。

それがなぜかマレーシア。(笑)

私達がオーストラリアに渡る時もそうでしたが、いろいろ整理、クリアしないとならないことがあって、その一つとして引っかかればオーストラリアには来れなかった。永住権だって簡単に取れるとは思わなかったし、永住権が取れないのに子供を連れて海外に出ようなんて危険なことは絶対に考えませんもの。これは両親も姉も、そしてマレーシアに渡ってからも同じで、今は「皆がどうにか生き伸びて、そして合流できるように」トントン拍子で様々なことが解決していく。3家族の中で何か一つ問題があっただけで合流は不可能。

神様っているんじゃないかってマジに思いますわ。偶然にしてはできすぎ。

では神がいるとして、どうして我々をマレーシアに呼び寄せたのか・・・。なぜそれは日本じゃなかったのか。

不思議だ・・・・。

その答えがわかる時が来るかな? (笑)

 
 
 

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KLに住む年老いた母と電話で話した&人生の不思議” への3件のコメント

  1. タボさん

    いよいよマレーシア行き決行ですか。それも神様のお導きとはどこかファンタジーを感じますね。行かれて落ち着いたら、下のメールアカウントに連絡していただければ幸いです。次回訪馬の際、きれいな花束でももって表敬訪問させていただきましょう。

    でもなんとか親孝行に間に合ったようで安堵の念を感じ得ません。小生は嫁の親を含め、4人の親を見送りましたが、人間の最期というのはいずれも壮絶なドラマがあり、いろいろな教訓を与えてくれるようです。しかし葬儀の際、孫たちに担がれた棺をみていると、その偉業に改めて感心されたのも事実です。だって親たちがいなかったら我々はこの世に生れてこなかったわけですから、、、、、。

    • 空さん、お元気ですか?

      やっと空さんとの約束を果たせますね。何年越しの約束だろう・・・。楽しみ~~。

      yasashiさん、そうなんですよ。人の出会いによって世界がどう変わるか考えると、世の中って不思議だなぁって思う。

      結婚なんてひょんな出会いの延長で決まるわけですが、もしそのひょんな出会いが無ければ結婚もしていない。ということはそれぞれが他の人と結婚するわけで、子供も世に出てこない、違う子供が世に出てくる。

      それが連鎖反応で起きるわけで、「ある日あるところで【二人の出会い】がなければ」、それがまわり回って100年後には全く違う世界になっているってことですよね。

      もし私が昔、ヨメさんにフラれた時、それで諦めていたら、それぞれが違う人と結婚し、その相手も今の夫婦じゃないはずで、その相手も同じですから、池に小石を投げて波紋がどんどん広がるように「違う人との結婚」が広がる。

      つまり500年前に、もしある二人が「街角で出会うことがなかったら」日本全ての人間が「違う人間」になっている可能すらあるってことじゃないですかね。

      死も同じで、「あの時、あの事故がなければ・・・」「あの時食べたフグで当たらなければ・・」で世界が変わる。(笑)

      偶然に偶然が重なって今の世の中があるわけですが、でも裏に「神の采配」があるような気がして仕方がありません。

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