ゴールドコーストに(ちゃんとした)寿司屋が出来た?

ゴールドコーストにちゃんとした寿司屋が出来たとのこと。知りませんでした~~~~~。回転寿司じゃない。

行ってみないとわかりませんが、安くて美味しいと評判の様子。

店の名前は「佐藤」(Sato Japanese Restaurant)

場所はブロードビーチ。1/90 Surf Parade, Broadbeach, Queensland 電話 (07) 5538 5579

フェイスブックはこちら。(クリック)

早く行かなくては・・・・。

 
 
 

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ゴールドコーストに(ちゃんとした)寿司屋が出来た?” への2件のコメント

  1. dabo様 
    今晩わ 
    是非 佐藤のレポート 楽しみにしております
    実は小生 喫煙中は 寿司屋で一杯が大好きでした(体重69Kg)
    山玄 天馬 荒川 山家 網元 山桜 奈良リゾート内のすし店 優雅等
    禁煙してからは 何でも美味しく 頂きます(体重 69Kg→88Kg→現在72kg)にて

    処で daboさん 確か青春時代 ファレディー→ポルシェでしたよね
    実は先日 式場壮吉さん亡くなりました 漢字違っていましたら 御免なさい
    確か 第1回日本グランプリで ポルシェでクラス別 優勝しましたよね カレラ904かな
    処が 奥さんが 欧陽非非って知っていました??

    又々 話題変わって 今日の横浜 5月の半ば過ぎだと 言うのに
    気温 31度 関東で約 50人が熱中症で救急車搬送でした

    先週は北海道で 同じく 31度 地球が壊れてきたのかなー
    来年当り 又 温暖化が問題になり CO2含めて やっぱり
    原子力発電しか無いのではーと言う 議論が出てきそうですね
    纏りの無い お話で 御免なさい
    ユキ

    • 懐かしい話ですね~。

      思い出してみるとフェアレディ2000の時代ってまだ私は子供で、その10年後に911でしたがすでにオヤジのような印象があります。でも年齢は29歳でガキなんですが、あの当時の私が今に繋がっている。

      式場壮吉さんはやっぱりユキさんの年代じゃないですかね。私もジムカーナとかにハマりましたが、印象にあるドライバーはやっぱりGTRの高橋国光さんです。R380のエンジンを市販車に乗せるなんてすげーなぁと。ロータリーエンジンとデッドヒートを繰り広げている頃の思い出が強くあります。

      欧陽菲菲が彼の奥さんだったのは彼の死去のニュースで知りました。意外でした。

      欧陽菲菲って言えば「ラブイズオーバー」。あの曲は思い出の曲で、彼女が歌い出す前に私は歌っていて(ギターの伴奏)、「良い曲だね~、なんて曲?」とよく聞かれていたのを思い出します。

      このことはブログに書いたことがあるかわかりませんが、自費でLPレコードを作ろうとしたことがあります。「俺はもう終わりだ」と思う時期があって、自分の青春、思いをそれにつぎ込んだ。「Everything must change」というサラボーンの大好きな歌から取ったLPの題名で、その歌はB面の一番最後。で、ラブイズオーバーはB面の1曲め。

      全部で何曲だったか忘れましたが、A面の一曲目から「出会い」「恋」「幸せな時期」「変化」とストーリーが作ってあって、B面に入ると「破局」「混乱」「自己嫌悪」と続き、最後に「Everything must change」で「人生の諦め」というか「達観」とでもいうか。結局、全ては「諸行無常」「すべてのものは変わる」みたいな。ただし、変わらないものがある、それは「Rain comes from the clouds, sun lights from the sky, and humming birds do fly・・・」みたいな。究極の孤独を感じていた頃でした。全てプロの(売れない)バンドマンに伴奏をお願いして、ちゃんとしたレコード会社でカラオケを録音しました。

      これはNina Simone -ですが・・・

      当時911に乗っていて、それは首都高で単独事故を起こして廃車。保険金は降りたものの金銭事情が悪くなったのも重なって、最後の最後で資金が足りずにLP制作は断念。これって市販はせずに、私と縁がある人に無料配布する予定でした。でも寄付は募っていて、10万円出してくれた友人もいた。

      そしてそのLPの最後の最後に「まだ見ぬ子たちに・・・」という題名の私の遺言みたいなものも入れたんです(まだ独身)。これは文字を「音」に変えまして、FAXみたいなピーヒョロヒョロヒョロを入れました。普通の人には何が何だかわかりませんが、やろうと思えば文字に変換できるような細工です。「お前たちのお父さんの本当の姿はコレなんだよ」みたいな内容のメッセージです。そして「絶対に(私みたいに)人生を投げるな」と。

      これで本当の自分は死んで、世間に流されて生きる(どうでも良い)人生が始まると本当に思っていて、私の墓標みたいなLPだったんです。でもどうしても「俺という人間がここにいた」という証拠を残したかったんです。この精神的落ち込みって酷くて、それが後に偏頭痛となって出てきました。これが半端じゃなくて仕事も出来ない、危なくて車の運転もできない。毎日家で強い薬を飲みながらボーッと生活するようになりました。

      全部で12曲だったかなぁ。ラブイズオーバー以外は全部英語の曲でした。懐かしいです。

      でもその後、ヨメさんと出会い、結婚し、子供も生まれて幸せを掴んで、あの当時の暗い気持ちはあれが最後となりました。きっと将来ああいう落ち込み方は絶対にしないと思います。ヨメと子供たちに会えたこと、これ以上の幸せって私にはなくて、彼らのために生きることができるだけで幸せ。私の人生は「有難う」で終わるのは確定しています。(笑)

      ユキさんが話題を振ってくれて懐かしいことを思い出しました。有難うございます。

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