クチャイラマ、ブキジャリルに移るMM2Hが多いらしい&海外で苦労し帰るに帰れない日本人

読者の方から情報を頂きました。

「現在MM2Hの中でクチャイラマかブキジャリル近辺に引っ越すブームが起きています。理由は新築コンドなのに家賃が安いということです。」

とのこと。

かつてはクチャイラマってちょっと外れているなぁという印象は確かにあったのですが、この数年の伸びが凄いようですね。タマンデサのすぐ南。

2016-03-12_12h16_00

マレーシア関連のブログにも「人工ビーチで砂浜のあるプールがあるコンドに引っ越した」という方がいらっしゃいましたね。そのコンドもクチャイラマ。Le Yuan Residence。

今日、ご紹介いただいたコンドは「Seringin Residences」。ここも新築で広く、部屋数もあってそして「安い」。

Condominium For Rent at Seringin Residences, Kuchai For RM 2,300 (RM 1.51 psf) by Elsis Liew | Propwall

クチャイにあるコンド群の情報はここから。

Find Kuchai Property and Real Estate | Propwall

KLの進化のスピードって本当にすごくて、私が見ているこの7,8年でもガラッと変わったと思います。これって東京の昭和40年代から30年のあのスピードが早かった進化がマレーシアでは10年で来てしまったような感じがします。

私が見ている短期間でも、かつては「良いなぁ、このコンド」なんて思ったのが今ではそれが普通みたいになっちゃって、感激がどんどん薄れていきます。逆に「こんなところに新たに街が出来るの?」なんて大型プロジェクトが目白押しで、段々と完成してきた。これがまた凄くて、コンドが出来たというより街ができたという感じ。それらは複合施設になっているのが普通で、商業ビル、ホテル、病院、学校、そして住宅地で構成されていてその中で生活が成り立ってしまうものが突然出現する。これって驚きなんてもんじゃないです。

そして更に驚くことはそのレベルの高さなんです。マレーシアを下に見ていたのか?なんて言われると返す言葉もないのですが、東南アジアのイメージが完全に壊れて、「近代都市」という意味ではオーストラリアのシドニーやメルボルンの方がよっぽど遅れている。オーストラリア好きは「良き時代の面影があって・・・」なんていうのですが、実態は「開発能力がない。金もない。あるいは古き良きものを維持するのも四苦八苦状態。」と私は思っていて、ましてや「進化発展のスピード」となると比べ物にならないんですね。

でもそんなマレーシアも完成形に近づいてきているというより、今、始まったばかりだと私は思っていて、現在建設中、建設予定の大型プロジェクトを見ると、この街は一体どうなっちゃうのかと思うくらい。逆にスピードが早すぎて、「箱物は作っても中身はどうするんだ?」みたいなことも思うし、住宅のみならず商業施設も供給過剰状態にはすでになっているはず。でもまだ開発は続けているし、開発案件も終わるところを知らない。

未来のことはわかりませんが、そんなエネルギーのある都市って全く知りませんし、私が幼い頃から見ていた東京の変化がほんの一瞬で見られるようなワクワク感があります。でも開発バブルはいつか弱まる。そしてその後、どこの国でも経験したバブルの崩壊、あるいは安定化、あるいは衰退が起きるんでしょう。その時まで私が生きているかどうかもわかりませんが、興味が尽きません。

また開発がどんどん進む国、都市で「物価が安いまま」というのは歴史的にも非常に珍しいはずで、「インフレとともに生きる」ことを強いられるはず。これに勝てるのかどうか、そこが問題ですね。若い人は想像も付かないだろうけれど、東京もかつては外国人が来て住むには非常に面白い都市だったことがあるんですね。高級住宅地に一軒家を構え、箱根や山中湖に別荘を持って・・なんていう外国人は結構いたのを思い出します。でも時代の代わりで、そういう人たちがスーッと消えていった。それは昭和40年代のことでしょうかね。

そして同じようなことは台湾、香港、シンガポールでも起きていて、「安くて良いねぇ。住みやすいねぇ」なんてのが長期間続いた国、都市って無いと思うんですよ。マレーシアは「老後住んでみたい国のナンバーワン」なんてのがこの数年言われていますが、その理由の一番はやっぱり「物価の安さ」だと思うんです。

でもこれも必ず、いつか変化する。マレーシアだけが特別な国だとは私は思わないから。

今では物価が高いのが有名になったオーストラリアですが、私が来る前に情報収集をしているとき、なんと月に15万円で家族4人が生活できると紹介している書物があったんですよ。ま、それは大げさにしても本当に安くて25年前は天国だと思いました。でも今じゃ月15万円どころか税金を考えるとその10倍の収入があっても楽な生活は出来ないはず。当然、子供たちを私立になんてのは無理。

将来のことは誰にもわからず、それは神の領域であるわけですが、少なくとも全世界が経験したことと同じことがマレーシアでも起こるだろうと考えるのが妥当で、「安さ」を求めてきた人たちは時代の変わり目ではどこの国でも一番先に消えていく運命なのは歴史が証明しているんですね。だから「安さ」を重視してそれを基本に考えると、必ず長期計画は破綻すると思っています。高金利をあてにするのも同じこと(笑)。でも年寄りはOK。破綻する前に黄泉の国に行く可能性が高いですから。(笑)

ここで大事なことは「10年後にどう生きているかの準備を今しないと間に合わない」ってことなんですよ。今の時点で「そこそこの生活」が出来てしまうと、まぁ、これで10年は持つだろうぐらいのことは誰でも考えるわけで、でもいつか社会に大きな変化が来た時、それがいつだかわかりませんがその時に慌てても駄目なんですね。そういう人が多いから、結果的に「生きていけるところ」を探して流れていく。「あの当時もっと頑張ればよかった」なんて後悔しても後の祭り。それが私。(笑)

金銭的なことで言えば「今の収入、資産でどう生きていけるか」なんて考えるのは全くお話しにならなくて、それが通じるのはジジババだけ。まだ先が長い年齢だとすれば、常に社会の伸びるスピードをアウトパフォームするように収入も資産も伸ばさないと駄目なんですよね。技術革新も起きますから、今では誰でもスマホを持つように、一家に一台ロボットを持つ時代がくるかもしれない。だから今一生懸命にお金をためて・・って人も多いと思うんですが、これも駄目なんですね。キャッシュほどあてにならないものはなくて、今の時代を見て下さいよ。10億円あっても年収1000万円稼げないんですから。でもそれだけあれば切り崩して・・なんて思うのでしょうが、今の大金が将来においても大金であるかどうかはわからない。また切り崩しはしたくなくてもせねばならないのが普通で、最初からそれを想定していても良いのか。私が若いころは100万円が大金で、1000万円の貯金がある人なんて聞いたこともなかったんですよ。1億円なんていう数字は想像さえもつかなかった。でも今の時代、ちゃんと年金があっても3000万円以上の資金がないと死ぬまでもたないと当たり前に言われるようになった。

これって今現在の話で、さて20年、30年後は何億ないと生きていけないってなるんでしょうか。ましてや年金もろくになければ1億やそこらあってもどうにもならない。だから「切り崩して・・・」という発想は先が短いジジババだけに許される特権で、若者が考えることじゃないんですね。こういうインフレは発展途上国ほど凄い。このインフレも、卵やお米の値段は3%のインフレだとしても、生活費全体で考えると7-8%には簡単になるんですね。現在から死ぬまで耐乏生活をする覚悟があるならどうにかなるんでしょうが、インフレとともに収入が増える人じゃないかぎり、人並みの生活ってかなり大変なはず。大丈夫だろう・・なんて思っても、世の中って自分が想像する以上大きく動くのが普通ですよね。為替だってそうですよね。

でもどこにでもいる「消えていく人たち」が一体次にどこへ行くのかはわからない。かなり昔ですが、ブラジルに移民で渡り失敗し、流れ流れてアマゾンのジャングルで原住民と一緒に半分裸で暮らす日本人のドキュメンタリーをテレビで見たのを思い出します。その日本人は自分が日本人であることも隠すんですね。どんな思いで暮らしていたのか・・・と結構考えさせられました。そして実際、海外に行くと「日本に帰りたくても帰れない日本人」がたくさんいるのがわかるのね。私がそれを強く感じたのはアメリカのロサンジェルスでした。かつては夢あふれる起業家、駐在、学生だったのが、わけのわからないことをして生きている。

実は私の叔母もその一人で、旦那がロスで起業した当時は大金持ちの部類で、ロスのサウスパサディナの丘の上の御殿みたいな家に住んでいました。もう40年前の話ですが(笑)、観音開きの大きなゲートから家まで並木道が続いて、そして家の前はロータリーになっていて真ん中に池があるような家。100平米はあろうかというリビングの窓は総ガラス張りで、ロスの街が一望できる夢みたいな家。ベンツ2台を含む自家用車が何台もあった。でも事業に失敗し離婚をし、5人の幼子を抱えた叔母は行くあてもなく、日本では生活できるあてもなく、帰らずにロスに残った。永住権がなかったので不法滞在です。天国から地獄へ真っ逆さまってこういうのを言うんじゃないかと思ったのですが、その状態でメキシコ人達の中に入って一緒に働き5人の子供たちを育てた。結局は7,8年後に恩赦で永住権も手に入れ、後に子供たち(私の従兄弟)はアメリカ人として立派に独立しましたが、実はこういう日本人もかなりの数、存在するんですよね。また永住権はあっても今更帰るに帰れないと社会の底辺で生きる日本人。だからボケ~~っとしている来たばかりの日本人を食い物にして儲けてやろうと思う日本人が世界中にいるのもアタリマエだって私は思うわけ。これはオーストラリアも同じで、彼らはグループで仕事分担して動く。そういえばマレーシアにもその手の日本人がいるような噂も聞いたことがあります。

さてさて私も「オーストラリアから見れば」消えていった一人になるわけですが、これから我が家に何が起きるんでしょうかね。発展に取り残された国々もあるわけで、そこに流れていくようになるのかな?

でもま、何をどう予想、夢想しようが将来のことはわからないわけで、この際、「最終的にはジャングルで土人のように生きるのも良し」と腹をくくれば、世の中って結構楽しいと思ったり。家族も同じ様に考えてくれたらの話ですが・・(笑)

しかし、マレーシアって本当に面白いですね。楽しみだ~~~~。

 
 
 

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クチャイラマ、ブキジャリルに移るMM2Hが多いらしい&海外で苦労し帰るに帰れない日本人” への2件のコメント

  1. ダボさんがいなくなると、オーストラリアもさみしくなりますね、僕は、日豪に家がそれぞれあるんで、元気なうちは行ききしつつ、日本は古民家一つだけ、子供、孫用に残して、ブリスベンを終の住処に決めてます、ターミナルケアは、オーストラリアのほうがよさそうですから。子供もここですしね。

    死と資産と仕事の間わいが、、ジジイの仕事かと。仕事幾つかアジアでしましたが、若ければアジアいいんですが、やはり疲れます。

    いつか、、またお元気で、ここえお戻りくださいませ。

    お待ちしておりますよ。

    • 私がゴールドコーストからいなくなると、ここはますます発展するでしょう。(笑)

      私が帰るという言葉を使うとすれば、それは日本を意味します。私はどこで野垂れ死んでも構わないのですが、ヨメさんを一人残してゴールドコーストで死ぬことは出来ません。ヨメさんは絶対に一人で生きていけませんから。英語も駄目だし。(笑)

      こちらで最後を迎えるのもよいとは思うんです。日本のいろいろな事件や末期医療のことを考えるとゾッとしますし。

      でも本当に飛行機にも乗れない、自分で旅行も行けないような歳になり、でも寝たきりでもないとしたら、私はやっぱり日本が一番良いと思います。

      いやいや、今でもそう思っています。(笑)

      正直なところ、オーストラリアはもういささか飽きました。こののんびりとした世界で自分を終わらせるわけには行きません。

      たまに空と風と海が恋しくなったら遊びにくるだけで十分だと思っています。

      マレーシアは単なる中間地点でしかありません。大好きな日本に帰るための経由地とでも言いましょうか。日本は私にとって「母なる大地」そのものです。これ以上の国はありません。

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