欧米に寝たきり老人はいないPart2

前の日記に「終末期医療」に関する動画を出したところ、いくつか反応がありましたし、自分にとっても社会にとっても非常に大事なことで考えないとならないことだと思っていますので、前回の続き、Part2を紹介します。

世界の常識と日本の常識とかなり違うのは前回の動画でわかりましたが、今回は「ではどうあるべきか」という一歩進んだ話し。

ただ私としてはもっとデータが欲しいと思いました。

日本人は長寿だと言われますが、その数字と延命治療の有無とどういう関係があるのか詳しく知りたいです。延命治療をしなかったら日本人の寿命の数字がどう変わるのか。動画の中では「寿命」での比較に関してちょっと話が出てきますが、寿命ってかなり大雑把な計算なわけで、せめて70歳以上の「平均余命」とかその辺の各国との比較を知りたいです。

またその終末期医療は月に60万円掛かり、患者負担は10%であとは保険だとのこと。これの日本の総額って一体どのくらいなのかそれも知りたいと思いました。保険支出の約半分が65歳以上の老人のために使われているとのことで、それはそんなもんだろうと思うものの、驚いたのはその延命治療によって5年~10年生きるとのこと。

意識もあって話もできるのならまだしも、意識がない状態でもそれを続けるってやっぱり変ですよねぇ。それも点滴だけではなくて、喉を切開したり、お腹に穴を開けて胃に直接食べ物を送る「胃ろう」という方法が取られる。またその技術は日本が進んでいて、海外では延命治療をしてもさほど長くは生きられないという考え方があるのも驚きました。

この数年に義母と義妹を亡くしましたが、回復の見込みはないことから、二人共延命治療は受けず、医師と相談して安らかに送りました。それが普通なのかと私は思っていたのですが、今の日本ってそうじゃないみたいですね。

こういう現状が良いとは思えず、また自分の将来としては80%以上の人が延命治療はいらないと考えているにもかかわらずそれが行われているとのことで、これは法律的な理由もあるのがわかりました。また医療機関の利益のためというケースもあるんでしょう。ですからまだ元気なうちに意志をはっきり文書にするとか親族とちゃんと話をする事が必要なんでしょうね。またそれを考える運動も各医学分野でやっと始まった程度だというのも意外でした。

ただ「何もしないでくれ」という文書だとやっぱりうまくないそうで、助かる見込みがあるのに何もしないということも起こりうると。ですから意志ははっきりさせるにしても最終決定は親族に任せるという一文も必要なのでしょう。法律的にも日本の制度には問題があるようで、この動画はその辺も説明していますので良いと思いました。

我々夫婦ではこのことを話し合う必要もなく、延命治療はして欲しくないのは一緒。これは死生観というより「美学」というべきかもしれませんが、そんな風に考えています。でも本当に死が見えてきた時に人間がどう変わるかまではわからない。

クアラルンプールに住む両親は90近く、毎年どんどん健康状態が悪くなっているのははっきりしていて、「その時」はそんな遠い将来ではないと思うのですが、私の両親も延命治療は望まないと言っています。ま、彼らはマレーシアで死ぬつもりですから、延命治療を希望しても駄目なのかもしれない。(笑)

私は延命治療って全く知らなくて、病院で寝たきりではあるものの意識もあって話もできる状態が続くのだろうと思っていました。でも違うようですね。意識もなくただ生きているだけ。そして海外ではそれを「虐待」だと考える国もあるように、本人にとっては意識がないものの苦痛なのは見ていればわかるとのこと。

両親にはそんな風に最後を迎えて欲しいと全く思いませんし、静かに蝋燭の火が消えるように逝かせてやりたいと思っています。

マレーシアに行ったら両親には今までできなかった最後の親孝行をしたいと思っています。出かけるときにはいつも手をつなぎ、話をしたいのなら何でも「うんうん」といつまででも聞いてやろうと思っています。幼い私にそうしてくれたように。私は「産んでくれて有難う」とは思っていない親不孝者ですが、特に母の深い愛は幼い頃からいつも強く感じていて、母がいたから今まで私は生きていられたと思うくらいです。私が自分の人生を投げようと思った時に救ってくれたのも母でした。父とは天敵同士みたいな間ではありましたが(笑)、今では父を尊敬し、私の父であってくれて有難うと心底思っています。生まれ変わることがあるのなら、またあの両親のもとに生まれたい。

でもねぇ、毎日顔を合わせているとやっぱりイライラしたり喧嘩もするんでしょうね。今日は姉から電話が掛かって来て愚痴を聞かされました。母からも10分差ぐらいで電話があって気弱なことを言っていたし。(笑)

しかしまぁ、姉は長年ハワイに住みそこからサンディエゴに移り、私はゴールドコースト、両親は日本だったのが何の運命のめぐり合わせなんでしょうか。家族全員がマレーシアで顔を合わせることになるなんて本当に信じられないです。私達が(経済難民として)マレーシア行きを決めた時にはすでに姉はマレーシアに居を移していて(やっぱり経済難民 笑)、全くそんな話も聞いていませんでしたからその偶然にびっくりしたなんてもんじゃありません。子供二人がマレーシアに行くと聞いて、俺達も~とすぐに決断してあっという間にMM2Hを取り両親(その時すでに80代)は家を叩き売ってマレーシアに渡りました。これも運命なんでしょうかね。家族4人が同じ国、同じ都市に住むなんて何十年ぶり。40年ぶりぐらいかな?

私がマレーシアに行って最初にやるべきことは、7年間、両親に毎日つきっきりで面倒を見ている姉に長期休暇が取れるようにしてやること。(笑)

父方の祖父は20年自宅で寝たきりだったのですが、葬式の時の親族のホッとしたような顔が忘れられません。また母方の祖父は100過ぎても自転車で近所を走り回るような元気な人で、最後は何歳だったでしょうか。まさに大往生で葬式に悲しさはなく、お祭りみたいに盛り上がっていましたっけ。

人生、いろいろですねぇ。

 
 
 

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