台湾の無名の学校が1年で甲子園に行き決勝まで行った感動の物語、映画「KANO」をネットで見つけた

皆さん、「KANO 1931海の向こうの甲子園」という台湾映画をご存知だろうか。

日本が台湾統治中の話。一度も勝ったことがない下手くそばかりの田舎の無名の嘉義農林学校(今の国立嘉義大学)野球部が1年後には強くなり、台湾代表として甲子園に出場し(1931年)、決勝まで行った実話を元にした映画。

台湾の映画なのにほぼ90%は日本語という(変わった)映画で、我々日本人がそのまま見ても全く問題なく理解できる映画。

これを見たかったんですよ~。

でも台湾の映画だし、日本での公開はいつになるんだろう・・なんて思っていた内に月日が経っていました。

今日の日記で台湾のことを書いてこの映画を思い出し、ネットの中を探したんですよ。

あった~~~~~~~~~~~~!! \(^o^)/

3時間の長編ですが、それだけに中身が濃くてホント~~~~に良い映画でした。感激しまくり。(笑)

時代背景として台湾では神格化されている「八田與一技師」も映画の中に登場人物として出てきて、台湾に大きなダムととんでもない全長の水路を建設することに邁進した物語も伏線で出てきます。この烏山頭ダムと水路(全長16000キロ)が完成し、台湾の穀倉地帯が出来上がったんですね。八田與一はもしかしたら台湾で一番有名な日本人かも。神格化されて祀られている。

甲子園では朝鮮半島から京城の、満州からは大連の学校も出てきていて、あの時代背景も見えて興味深かった。

いやーー、いい映画でした。3時間の長編で、野球の試合も細部にわたって描かれていて、本当にその試合を見ているような感覚になります。そしてその試合がまた見事。感動~~~。元気もたくさんもらいました~~。

もちろん実話とは違う部分もあるようですが、本筋は殆ど同じ。そしてこの嘉義農林学校はその後も甲子園に出場し、当時の生徒の中にはその後、巨人軍に入った人もいた。

是非、見てください。本物の甲子園の(素晴らしい)試合を見ているような興奮があります。

【热血台影】KANO 2014 野球少年们的热血故事【字幕】_其他国家_电影_bilibili_哔哩哔哩弹幕视频网

注意があります。

映画がスタートするのに時間がかかるのと、スタートすると画面上にいろいろ文字が出てきます。下の図のように。これを消すには矢印の所のアイコンを押して下さい。その並びの一番右のアイコンを押すと全画面表示になります。

2015-05-17_01h32_10

またこの映画に関するWIKIはここ。いろいろわかって面白いです。

KANO 1931海の向こうの甲子園 – Wikipedia
嘉義農林学校 …

 
 
 

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台湾の無名の学校が1年で甲子園に行き決勝まで行った感動の物語、映画「KANO」をネットで見つけた” への4件のコメント

  1. ダボさん

    色々あって、やっと拝見出来ました~!
    本当に良い映画を見せていただき、ありがとうございました。
    台湾は私の心のふるさとのようなところなので、とても懐かしい想いがしました。
    私の祖母がいた頃(大正時代)の様子も大体あのようだったのかな?なんて、そういうところにまで思いを馳せると、ずっとずっと涙腺が緩みっぱなしでした。

    嘉義にも行ったことがあります。その当時はこういうお話があった町だなんて全く知りませんでしたが。旅の途中で知り合った人にいろいろ連れて行ってもらって、最後がその人の出身地である嘉義だったのです。
    そして、その時出会った人の人種構成は、台湾人(本省人)、中国本土から40年ぶりに親族に会いに来た人(中国籍?)、外省人、山地人、飛び入りの日本人(私)という組み合わせでした。みんなで「こんな色んな背景の人と仲良く出来るなんていいね~!」って話になっていたのを今でも思い出し、それもKANOのお話とダブルところがあり、、、ただただ感激感激の3時間でした。
    本当にありがとうございました!

    • どもども、お役に立てて良かったです。

      この映画ですが、何度も見る人が結構いるらしいのですが、その気持もわかるような気がします。

      日本人がさらされている近隣諸国とのいざこざも、誰しもが持っている日頃の、あるいは人生の悩みとかもふっ飛ばしてくれる良さがありますもんね。

      またなんとなく見たくなってきました。(笑)

      こんな外国語(日本語)ばかりの映画なんて、普通どんな国でも受け入れられないと思うのだけれど、台湾でも大ヒットらしいですね。

      台湾の山岳民族の村でかつての日本の神社が再建、再興されることが決まったようですし、台湾とは末永く仲良くしたいと思います。でもそんな国を日本は「国家として認めない」なんて、何度日本は台湾を裏切ることになるのか、そんな発想も大事ですよね。

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