アボリジニの路上パフォーマンス

久しぶりにサーファーズパラダイスに行ったところ、アボリジニが路上パフォーマンスをやっていました。

小さくてよく見えませんが、アボリジニのオヤジさんが伝統楽器を演奏しています。

プレイボタンを押し、スピーカーのアイコンで音が出るようにしてみてください。360度見渡せるグリグリ動画です。+ーでズームイン・アウトが可能です。

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最近はアボリジニと呼ばずにアボリジナルという方が多くなってきましたが、オーストラリアの先住民族。

彼らの悲しい歴史、オーストラリア人がどれほど恐ろしいことをしたかを知ると言葉が出なくなります。

Wikiから抜粋します。

1788年よりイギリスによる植民地化によって、初期イギリス移民の多くを占めた流刑囚はスポーツハンティングとして多くのアボリジニを殺害した。「今日はアボリジニ狩りにいって17匹をやった」と記された日記がサウスウエールズ州の図書館に残されている。

1803年にはタスマニアへの植民が始まる。入植当時3000~7000人の人口であったが、1830年までには約300にまで減少した。虐殺の手段は、同じくスポーツハンティングや毒殺、組織的なアボリジニー襲撃隊も編成されたという。数千の集団を離島に置き去りにして餓死させたり、水場に毒を流したりするといったことなども行われた。

1828年には開拓地に入り込むアボリジニを、イギリス人兵士が自由に捕獲・殺害する権利を与える法律が施行された。

1869年から公式的には1969年までの間、アボリジニの子供や混血児(ハーフ・カーストと呼ばれ売春婦として利用される事があった)を親元から引き離し白人家庭や寄宿舎で養育するという政策が行なわれた。様々な州法などにより、アボリジニの親権は悉く否定され、アボリジニの子供も「進んだ文化」の元で立派に育てられるべきという考え方に基づくものと建前上は定義されていたが、実際はアボリジニの文化を絶やしアボリジニの存在自体を消滅させるのが目的であった。

出典:Wikipedia

慰安婦どころの話じゃないですね。

気分転換に他の路上パフォーマンス。

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