海外の日本人村社会で生きる

前の日記に、「海外での日本人に落胆した時」を書きましたが、こういう話題で書くと多くの方々の注目を引くのが今回も良くわかりました。

また、悲しい、嫌な思いをした経験のある方の数も半端じゃないみたいで、こういう内容の日記を書くと、私もこんな経験をしたと長いメールを頂くこともあります。今回も早速2通、その手のメールをもらいましたので、今日の日記も海外の日本人に関連することを書きたいと思います。

まず、海外での日本的村社会ですが、様々なグループがありますよね。情報交換、ゴルフや趣味の集まりであったり。こういう目的がはっきりしているグループやSNS、日本人会もそうなわけですが、これらのグループの場合、厳しい規律が決められていたりするのは当たり前で、こういう中ではお約束事は守るのも当然で、それに反する、あるいは境界線が怪しくても、そういう言動があった場合、外される、あるいは居心地が悪くなることは普通だろうと思うし、それに文句は言えないと思っています。

というか、目的がある場合は、その目的だけを見ていれば良いわけで、個人的な余計なことをその中に持ち込まないのが常識。

ところが、そういう会なのに、目的の中に「助け合い」なんてのが入っているとややこしくなるんですね。あえてそれを表面に出さないにしても段々と打ち解けてくれば、そういう「助け合い」があってしかるべきだと誰もが考え出すのでしょう。

でもこれが悪さをすると私は思っています。

グループの目的とは全く違う助け合いの精神は不要だとはっきり言うことはできませんが、その期待があるとそのグループの目的とは全く関係ないややこしい話が時々出てくるのね。この時、参加者はそれぞれ違う反応をするわけで、助けようと思う人もいれば、そんなことは関係ないだろう、そういう問題を持ち込む人は今後参加を遠慮してもらいたいと思う人も当然出てくる。そしてそれって決して悪くは無いんですよね。それはそれで当たり前だと私は思います。

一番ややこしいのは、目的もはっきりしないなんとなく集まっている仲良しグループ。そしてその手のグループが結構多いように私は思っています。まぁ、仲間内では一緒に遊ぼう、楽しもうという話から、子供のことや、健康精神面、そしてお金の苦労話もなんでもありで出てくるわけで、それにどう対応するかも人それぞれ。これに私の言う、そして嫌いな日本的村社会が見えてくるケースが非常に多いと思っています。話題は何でもありですから、また趣味の会でもない「仲良しグループ」ですから決め事もルールもはっきりしたものがない。つまり、噂や誹謗中傷、なんでもありということになりかねない。

こんなことがありました。

Aさんがお金に困っているようで、何人もの人からお金を借りまくっているらしいとの噂話。これを聞けば、Aさんとは距離を置こうとか、その話が出てもはっきり断ろうとか思うのが普通。どうしたってAさんに不信感みたいなものを感じて、付き合いが自然に遠のいてしまう。

ところがですね、この話がAさんの耳に入ったんですね。そうしたらAさんは激怒。なんてことはない、買い物に行ったときにお金が足りなくて居合わせたBさんにお金を借りただけだったのが真相だというのがわかった。この話は実は大ごとになりまして、悪いのは余計なことを言ったBさんだと。するとBさんは、いや、買い物に行ったときにそんなことがあったんだという話をCさんに言っただけだと。するとCさんは、その話を何人かにしたかもしれないということがわかってきた。

馬鹿みたいな話ですが、大体こういう感じでほとんどの噂、誹謗中傷って広まっていくのね。そしてその仲良しグループは空中分解しました。定期的に行っていた飲み会も中止。

結局悪いのは誰かってのもはっきりしないままに傷つく人が何人も出てきてしまう。

でも私はここではっきり言いたいのは、悪者を特定するとしたら、それは常に「第三者」だということ。

前にも書いたように、そんなつもりは無くても他人を傷つけてしまうなんてことはいくらでもあるわけで、それが良いとかしょうがないとは言いたくないけれど、自分も含めてそんなことは日常茶飯事じゃないにしてもいくらでも起きるじゃないですか。で、傷ついた人が傷ついたと言ってくれれば問題は大きくならないし、解決方法はいくらでもあるし、ぎこちなくなった友人関係の修復も可能。ところがその出来事を他人に話すからややこしくなる。

これはSNSとか、大きなグループを見ていると良くあるケースで、こういうことがあった。Aさんが非常に傷ついた。それをしたのはBさんだ。なんて話が出ると、まず間違いなく、「とんでもないことをする人がいる。Bさんがそんな人とは思わなかった。Bさんとは付き合うべきではない。村八分にしよう。」的なことを言う人が結構出てくるんですね。そうだそうだとAさんもBさんも知らない人たちの提灯がついて、話が大きくなって、そりゃBさんのいる場所なんか簡単に消えてしまうわけです。

この時、一体真相はなんだったのか、Bさんが本当に悪いのか、Aさんには落ち度がないのか、そんなことは関係なくて、とにかくBさん悪しの欠席裁判が行われ、判決は有罪。これって紛れも無い集団リンチでしょう。

もう何年か前のことですが、マレーシアの私が知っているグループ内でもそんなことが起きて、私は提灯を提げて騒ぐ人たちに「ちょっと待ちましょう。真相は誰も知らないのだからBさんを追い出すのが当然だみたいな風潮はうまくない」と言ったわけです。ところが今度は私はBさんの仲間ということで話が進んでいくんですね。どうして悪い奴を擁護するのか、お前は他人を傷つけるとんでもない言動を許すような奴なのかと。(笑)

まぁ、滅茶苦茶ですよ。

要は外野、第三者がいつも話を大きく、ややこしくしているのが普通。ところがその第三者って不思議なもんで、自分は正しい、間違ったことは許せない、悪い奴は断罪すべきだと信じているのね。真相がわからなくても、悪い奴は悪いと大声を出すから、結局Bさんが悪者に決定してしまう。

ちなみにこの時の顛末はBさんは排除で決定。死刑判決です。

私はこれにも反発しました。たとえBさんが悪いにしても村八分はうまくないと。海外での大きなグループから排除されるってことは、その人にとっての日本人社会から抹殺されるということですよね。これってまさに死刑判決と同じだってことが騒ぐ人たちにはわからないのね。いや、悪い奴はいないほうが良いと本当に信じているのかもしれない。

このわけもわからないのに正義を振り回して村八分を決めるって最悪でしょ。

私もおせっかいですから、Bさんに連絡を取ったのですよ。そうしたら「死にたい」と電話口で泣いておりました。どんなことがあったにせよ、みんなで悪者だと決め付けて村八分にして、大の大人を死にたいと泣かせるまで痛めつけるべきですかね?で、傷ついたという話の発端のAさんは死にたいほど傷ついたわけじゃない。

またBさんにはBさんの言い訳もあるんですね。それも聞きましたが、傷ついたと触れ回ったAさんにも落ち度があると思ったんです。Aさんは日本から来たばかりのロングステイヤー。Bさんは在マレーシア数十年の人。

これで大体想像できますでしょ?Aさんはマレーシアの事情もわからない、海外で住む日本人でも日本人なんだから日本の常識が通じると思ってる。そして、海外に出てきたばかりで舞い上がってる。そんなAさんにちょっと困ったことが起きたので、地元の事情がわかるBさんが手助けをしたわけです。

ところがこのBさんは私から見ても日本人的じゃないんです。でも海外では普通の考え方、反応をする人。つまり、誠心誠意尽くして同胞を助けるのが当たり前だとか、仕事で言えばお客様は神様ですという考え方は持っていないのね。で、Aさんの問題はややこしくて簡単には済まない。そこでBさんはこれ以上やるのなら仕事として(有料ということ)受けざるを得ないって話をしたんですね。ま、これも当然のこと。

ところが、日本人が日本人に対して、まして地元のことがわかっているのだったら困っている日本から来たばかりの日本人を「助けて当たり前」だとAさんが思ったフシがあるんですね。で、Bさんに騙された。金を取ろうとして私に近づいてきたとんでもない人だということになった。

私としては未だに悪い奴と烙印を押されたBさんの方が筋が通っていると思います。これはわがままな日本人相手の商売をして、日本人って現地では考えられないくらいの要求を普通にする人種であるのを知っている人じゃないとわからないかもね。

でもBさんはBさんで日本人とはそういうものであるというのを忘れて、現地流で対応してしまった結果がそれだと思ってます。

こんな話は山のようにあって、私のマレーシア在住の友人が、マレーシアであるサービスを提供している日本人に仕事を頼んだそうです。そうしたらその会社は思ったようなサービスをしてくれないと私に愚痴を言うんですよ。内容を聞いてみたら、その会社のサービスレベルは海外では上出来で、それ以上の良質なサービスを望むほうが無理だと思ったので、それを友人に言いましたところ、今度は私は攻撃を受けました。海外に長いからと言ってわかったようなことを言うなですと。お前はそれでも日本人かと。(笑)

もし私のその友人が、その話をあちこちでしていれば、マレーシアであるサービスを提供しているその会社は最悪の会社、仕事を頼むべきでない会社としてブラックリストに載っちゃうのかもね。

ま、こんなことが常に起こるんですね。

その原因は3つあると思ってます。

まず一つは、日本人が日本人の常識は世界のどこでも通じると思っていること。これに関しては海外在住者は皆同じことを言いますよね。「日本の常識は持ち込まないこと」って。

これはその通りですし、結構それは簡単に出来ると私は思っています。「日本だったら・・・・」と思う気持ちを捨てることは出来ないにしろ、現地流の対応に「慣れる」あるいは「諦める」のはさほど難しいことじゃない。ところがですね、海外の日本人に対しても日本の常識を持ち込むべきではないと指摘する人はまずいないんですね。相手が日本人なら大丈夫だと思ってしまう。まったくそこに疑いさえ抱かないのね。

原因の二つ目。上からの続きですが、海外に居る日本人は日本人だと思ってしまうこと。これも錯覚でしかないんですね。前にも書きましたが私の息子たちはどう見ても日本人ですが、日本の常識は通じない(どう付き合うべきかは知っていますが、それが当たり前だとは決して思っていない)。これはアメリカの二世三世を想像すれば簡単にわかることですし、たとえ一世だとしても海外に長くいればその地に馴染んで生きているわけですから、突然日本の常識を持ち出されても対応できない、どうするべきか気がつかないことが多い。ここは非常に大事な点で、日本人相手の場合どうするべきかわかっている日本人も多いですが、基本的には外人と同じと思うべきだと思っています。

そして三番目。これが重要な点だと思うのですが、海外に出たばかりの時期って、夢と希望に満ち満ちていますよね。パンパンに膨れ上がってる。と、同時に未知の世界に対する不安も半端じゃなく大きい。私だってそうだったし、これは自然だと思います。でも期待も不安も最大限に膨れていると想像してみると、この状態って、病気と同じだと言えると思うんです。

だから楽しいこと、嬉しいことを追求することに関しては非常に積極的である反面、ちょっとでも危ないと思うと過剰反応するってこと。これが小さな村社会の中で常に起こっているわけで、みんなと一緒に楽しく盛り上がるのは良いけれど、なにか不穏なことがあると、徹底的にそれを排除する方向に動くのね。だからなんてことのない出来事でも大騒ぎになって村八分だ、排除しろと平気で言うようになる。

これは本当に怖いことで、このマレーシアに住んでいない私でさえもマレーシアのあるグループの中で名指しでダボ排除運動が起きたことがあります。内容はくだらないことで、そのグループの中で当たり前に行われ、それを推奨するあるお得なノウハウですが、「法律的に見ると危ない部分があるので、個人個人が勝手にやるには良いけれど、グループとしてやらなければ損みたいな推奨の仕方には問題があるのではないか」と私が言い出したのが切っ掛け。その私の言動が、グループを潰そうとしている奴がいるということに発展し、私は排斥対象になりました。(笑)

こういう馬鹿げたことがいとも簡単に起きるのが海外の日本人村社会だと思っています。でもこれを変える事は出来ないし、変えようと思っても無理なのね。それは上に書いた三つの原因があって、それをどうにかするのは不可能だから。

でもこれらも時間が解決すると思ってます。いつまでも盛り上がったまま、そして不安で固まったままということはありませんから。そして落ち着いてくるといろいろ見えるようになるんじゃないでしょうか。

私がこういうことを書くと、つまり余計なことはしないのが一番ってことね、と考えてしまう方が多分多いであろうことが心配です。見ざる、言わざる、聞かざるがややこしいことから逃れる唯一の方法と考える人は日本の中でも多いはずですが、私としてはそれこそが日本流のくだらない妄信であって、自由な海外に来たらそういう点での自由も満喫してもよいと思うんです。そして私はそこにこそ、海外に出る面白さがあると思っています。

白人を見ていますと、彼らは議論好きで結構ギャーギャーやるのね。ところがそれが終われば何事も無かったようになる。これは当たり前で、喧嘩をしているんじゃないわけです。日本人はディベート下手だと言われますが、それはディベートが下手なんじゃなくて、「常に感情移入してしまう」という点が問題なんでしょう。

この辺は訓練でどうにかできる部分でもあるし、まず、自分は感情移入しやすいという特性を自覚するだけで変わってくると思うんです。また感情移入しなければ相手の言うことを理解するのもたやすくなりますし、そんな癖をつけただけでも自分の世界観が変わるんじゃないでしょうか。それが出来ないといつまで経っても「この国はどうしようもない国だ」とか「日本だったら・・・」という思いが付きまといますし、せっかく海外に出たのに、その地の良さを真に理解するのはできないかもしれませんよね。旅行をする目線だけで世界を見たらつまらない、もったいないと思います。その地の常識、価値観を自分の中に取り込んでみる。ここに海外生活の醍醐味があるんじゃないでしょうか。

と、同時に、日本人はこうあるべき云々という固定観念もはずしていけば、日本人同士の付き合いにも変化が出ると私は思うんですよ。というか「俺は日本人だ」という考えをちょっとはずしちゃって、「みんな外人」みたいに考えたら面白いかも。(笑)

お遊びグループの中でも友人が出来て行きますが、最終的には私が思う人間関係って一対一でしかなくて、グループでまとまりを持とうとしても無理があると思います。実際に私たちの付きあいもグループ単位みたいになっていますが、皆が同じように皆を思っているかと言うと決してそんなことはなくて、結局はそれぞれの個人がそれぞれの個人を自分流に考えているだけなんですね。

そして大事なのは、その一対一の付き合いの中で本当に信頼を持てるかどうか。ロングステイって「旅行」と「生活」の真ん中みたいでややこしいと思うのですが、「楽しもうよ」という旅行的なものと「苦労はつき物」という生活の部分があると思うんです。で、楽しい部分はうまく行っていても、長く生活する間にいろいろ問題が必ず出てくる。それはまさに我々の年代の一番の心配である健康、そして精神的な悩み、そして金銭的な苦労。これらは付いてまわるわけで、そういう生活の点でどれだけ助け合える友がいるかというのが、長い海外生活でのポイントになると私は考えます。

今、楽しく付き合っている友人を見渡して、もしかなり具合が悪くなったら、あるいは金銭的に問題が出てきたら、自分を助けてくれる人がいるだろうか、あるいは自分は彼を助けることができるだろうか考えてみるのは大切だと思います。普通「楽しい第二の人生」の観点から見ると、ややこしい人とは付き合わないのが一番になりますが、「生活」を考えれば助けあいは必要ですよね。問題があるなら帰れば良いという考え方では「生活」が成り立たない。

ずいぶん前ですが、こんなことがありました。あるご老人(女性)が金銭的に困って、もう生活が出来ないという事態になったんです。普通なら、大変ですねぇ、と声を掛けて、あとはその人は日本へ帰るんだろうな、と思って終わりますよね。でもその時に、有志が集まって助けようということになった。でも当然、皆でお金を集めて渡すってことは出来ないわけですよ。そこまでみんな余裕がありませんから。結局、そのご婦人の身柄をある人が引き取って共同生活を始め、そしてまだ健康には問題がなかったので、そのご婦人は簡単に言えばメイドみたいなことを始めた。とは言っても老人ですからいろいろあるわけで、ま、ちょっと手伝いに来てくれたらその謝礼を出すみたいな形を作って、そのご婦人は日本に帰ることなく、路頭に迷うことも無かった。そしてある年齢に達したらオーストラリアの年金ももらえてセーフティネットも利用して今はお一人でちゃんと生活をなさってる。

これは素晴らしいことだと私は思っていて、自分がそういうことになったら自分が友人だと思っている友人は助けてくれるのか、あるいは自分が助けることが出来るのか、そんなことも真剣に考える必要があると思っています。

そしてそういう友人って、たった一人いるだけで自分は生きていけるのね。

私たちにはそんな友人も複数いて、だからこそヨメサンはゴールドコーストから出たくないというのでしょう。遊び友達がいくらたくさんいても、それはそれだけのこと。で、村八分にしろだの、排除だの、あいつとは付き合うなとか言い出すのはそういう遊び友達だった人なのね。

海外生活も「楽しみ」に重点を置いている時期は好き勝手にワイワイやれば良いけれど、「生活」とか「定住」を考えた場合いろいろな問題があるのが当たり前。そんな時に知らん顔するのか、付き合いをやめるのか、遠ざかるのか、それともとことん付き合って助けるのか。ここが運命の分かれ道。(笑)

私としては「楽しみ」の部分に焦点を当ててブログを書くということはあまりないです。そんなのは放っておいてもドンドン皆さん進んでいくのが普通ですし、楽しいブログはいくらでもある。でも、だからこそ私は光と影があるとすれば誰も見ようともしない、触れようともしない影の部分を書こうと思っています。

でもそれを書くと、ダボはロングステイヤーを馬鹿にしてるとか、下に見ているとか、そういうダボ憎しのコメントを残す方もいらっしゃる。これもよーーーくわかるんですよ。楽しくて毎日わくわくしているのに嫌なことなんか誰も聞きたくありませんから。でもそういう人たちの影で泣いている人もいるし、まさかのまさかで自分やヨメサンがそういう立場になることもあるんですね。今、この時点で、人間関係に疲れて、どうしよう、もう帰ろうかと悩んでる人だって絶対にいるはず。

私はそういう人たちに向けていろいろ書いているつもりです。毎日楽しくてわくわくしている人は私のブログなんか読む必要無し。

でも、ややこしい日本人特有の人間関係に疲れたとか、周りに困っている人がいたり、あるいは排除したほうが良いと思う相手がいたとしたら、ちょっと立ち止まって考えて欲しいのです。なぜそんなことになるのか、そして解決する方法もあるんじゃないか、そんなことを私は発信したいんです。そしてこれから海外に出ようとしている人たちには、夢と希望を壊してくれるのが実は日本人社会であるという事実。みんながみんなそうなるわけではもちろんありませんが、そういうケースは山のようにあるんですね。それを知っていただきたいし、夢と希望ばかり見て、あまり能天気になりませぬよう、心を引き締めていただきたい(笑)。そうじゃないといつか被害者になったり、あるいは知らないうちに加害者側になるかも。

私のヨメサンほど日本人が怖い、会いたくない病にかかった人って私は知らないのですが、ここまで重症になると海外生活が面白くないどころか、人生そのものがつまらなくなると思うし、またそんなことになるはずが無いと思っていたのにこうなってしまった事実、そういうことが誰にでも起きる可能性があるということを書いておきたいです。

ヨメサン本人は神経質で暗そうなイメージを受けるかもしれませんが、吉本のお笑い系の感じで、大の得意は猪木の真似という面白い奴です。彼女がこんなまでになったということが旦那の私でも信じられないくらい。今思えば、友達に嘘を付かれ、排除され、そして他の友人までもそれに同調した事件があったのですが、それが決め手だったような気がします。多分彼女の日本人怖い病はもう治らないかもしれない。今はほんの数人の信頼できる友人としか会わないし、知らない日本人が来る集まりには尻込みします。でも外人には全くそういう恐怖を持ちません。

もちろん原因はヨメサンにあったのは間違いがありません。また友人だから全く問題がないだろうと気楽に考えたある行動を許す人たちじゃなかったんですね。田舎者のずうずうしさ、非常識って言えばおわかりになるでしょうか。ヨメサンのそんなところが良いところの奥様には我慢が出来なかったのでしょう。だから死刑判決。

私としてはだからこそマレーシアに連れて行きたいという思いがあるんです。彼女にリセットが掛けられるんじゃないかと甘い期待を持ってます。あるいはもーーーーっと辛い思いをするのか。(笑)

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海外の日本人村社会で生きる” への12件のコメント

  1. 日本人の問題は、サービスに対するコスト意識の乏しさだと思っています。
    何らかのサービスを受けたとき、その対価を払うことが当然ですが、それすらサービスと勘違いしてしまうのが、今の日本人なんですよね。
    昔は、何かただでしてもらったら、お礼をしなきゃとなったのですが、今はそういう考えの人が少なくなりました。
    モンスターXXといわれている人は、そういうたぐいの人で、最高のサービスを、無料もしくは、低価格で提供してもられることを当然と考えている人たちなんですよね。
    そういう人たちが、海外であばれているなあというのが、私の印象です(苦笑い)

    話は、かわりますが、やっと09年の8月まで読み進みました。
    daboさんにとっては、過去のことだとおもいますが、マイレージの話や、タイムシェアの話を興味深く読ませてもらいました。
    マイレージについては、20年前に海外を放浪したときに使っていたので、懐かしいという思いと、昨今の状況が改悪したなかでも、がんばれば、まだまだいけるって思いましたよ。
    現在ビジネスのマイレージ航空券はピークだと1年前の予約開始日の窓口営業時間から電話攻撃してもキャンセル待ちっていう・・・・な状況らしいので、時期を選ばないと使えないなあという印象でしたが、一念発起して埃をかぶっていた、マイレージ会員カードを発掘しました!
    米国本土往復の格安航空券で、オーストラリア2往復ができちゃったころがなつかしい~~。

    タイムシェアは、まあ、あれですわ・・あれは、ローンで別荘を買うのとおなじ、管理費の予想上昇は年率3%程度なので、それで計算したら云々かんぬんだと思っています。
    ただ、あれは、あの広さの部屋に泊まる選択肢が必要な人のためだと思っています。
    使わないものを買うほど高いものはないのですけどね、そこを、ポイントでいろんな事ができますよと、インセンティブを与えるからややこしいことに、なるんでしょうと思っています。
    ただ、自分もそれなりに興味があって、時期があったら、買ってもいいかなあと、おもいつつペンディングしている件なので、やっぱり同じことを考える人は、世の中最低1人はいるんだなあと、うれしく思いました。

    さらに、話はかわって、奥さんは、本人も、家族も大変ですね。
    書かれている内容だけでは、判断は難しいですが、何かアドバイスができるかもしれませんので、必要なら、ブログの方にコメントください。

  2. 日本のテレビがリアルタイムで見られる
    日の丸テレビでは「クリスマス・キャンペーン」を始めました。

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    日の丸テレビ

  3. この「日本社会の生きにくさ」っていうのは、きっと日本語自体に根があるんだと思う。 例えば、4-5人でレストランで食事をする時に、日本語では上下関係を表に出すことなく会話をすることができない。 誰からともなく、年齢、性別、社会的地位によって敬語を使い始めて、誰がどう上下関係にあるのかが、会話から簡単に分かるようになる。 不思議なことに、敬語で上下関係が固まってしまうと、言葉が力関係を支配して、どうしても自由な発言が口から出てこなくなる。 自分は、それがしんどい。 
    それから、この日記にあるように、そういう集まりで、「間違っている人間を虐めるのは正しいことだ」という理屈が表に出てくると、自分は嫌なものをみたなあと思って、家に帰りたくなる。 「正義だったら、人を虐めてもいいのか?理由があったら人を差別して良いのか?」と問いかけても、彼らの耳には届かない。 どっと、疲れる。
    奥様が無理して日本人と付き合う必要はないと思う。 彼女が心の傷を治して幸せになることが一番大切だ。 

    下は、私のお気に入りのブログ。 日本人と日本語について、とても面白いことが書いてある。
    http://gamayauber1001.wordpress.com/2013/11/23/%E3%80%8C%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%80%8D%E3%82%92%E5%B7%A1%E3%82%8B%E3%83%B2%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%81%AA%E6%80%9D%E3%81%84%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

  4. ぽてぽて王子さん

    サービスに対するコスト意識の低さですが、全くその通りですね。

    日本には昔から「お客様は神様」という上下関係があって、そこに長いデフレが拍車を掛けたのだろうと思っています。サービスにも当然コストが掛かるわけですが、他のコストに比べてみれば「コストを掛けずにサービス向上」がやりやすいわけで、その方面でも競争が激化したのでしょう。それと共に「日本人の潔癖症」も強くなっている感じを受けます。すぐ頭に浮かぶのは「賞味期限」。私みたいな適当は親父から見ますと賞味期限に執拗に拘るのは馬鹿げているとしか思えないのですが、ま、それは個人の勝手で買い物をするときに自分が調べれば良いこと。もし賞味期限を越えていたら買わなければ良い。でも、ずいぶん前のことですが、賞味期限の過ぎたものを売っていると店長を呼び出して文句を言う人がいるとのこと。それどころか期限切れを買ってしまったのに気がついて、店に電話をし文句を言い、店長に代替品を持って謝りに来いという人もいるとのこと。

    この辺の異常さがどこにでも見えるような気がします。私もゴールドコーストで起業しましたが、一時期から日本人の客を積極的に取らないように指示を出したこともあったくらいです。多くの客は、デパートの外商と同じようなサービスを100円ショップに求めているような感じさえ受けました。

    どうもこういう「気の使い方を要求する」のが個人間にも広がっているようにも感じます。ほんのちょっとでも面白くない思いをすると過剰反応してしまう様な気がするのです。「迷惑」というのがキーワードになると思うのですが、私なんかは「人間は迷惑を掛けあいながら、そして助け合いながら生きるもの」と思っていますので、子供たちにも「警察の世話にはなるな」とは教えて育てましたが「他人への迷惑は恐れるな」とも言ったくらいです。何を「迷惑」とするかの基準が問題になりますが、小さな子供に「他人に迷惑を掛けてはいけません」と育てる若い母親を良く目にするので気になる点でもあります。いや若い人だけじゃないか。良いジーさんがそれを言うのも良く聞きます。人間は一人では生きていけないのに、どうしてそういう発想になるのかが私にはわかりません。他人の目を気にしながらこじんまり生きる若者を私は良いとは思わないし。

    結局その辺の「迷惑に敏感」なところに「海外での不安」と「同じ日本人への期待感」が重なって、何か起きると攻撃的になる人が海外には多いのかもしれませんね。

    マイレージですかぁ。ゴールドコーストやブリスベンにJALの直行便が無くなってからあまり気にしなくなりました。というかマイレージは貯めているのですが、失効分がどんどん増えて金券に換えることが増えてしまいました。マイレージって「より遠く」「より上のクラス」を使うところに利点があると私は考えるタイプなのですが、LCCの台頭によって「無料」だとしても燃費チャージ等を加えると遠回りするくらいなら、便利なLCCを使ったほうが良いと思うことも多くなりました。日本に住んでいるならマイレージは使い放題なのに。(笑)

    タイムシェアは全く興味がなくなりました。海外の場合ですが、好きなときに好きなところへ行ったほうが良いと思いますし、若干まだ気になるのは日本のエクシブぐらいかなぁ。本当は今頃、毎年1-2ヶ月、日本中を旅して歩いてるはずだったのですが(笑)。孫でも出来て「オジーちゃん、ハワイに行きたい」なんて言われると考えが変わるのでしょうね。でも、いつも自由なジジババ二人だけならタイムシェアは必要なさそうです。アメリカを中心に考えると話は別ですが。

    日の丸テレビさん

    情報を有難うございます。

    megさん

    ご紹介のサイトですが、拝見しました。結構面白いですね。

    私は言語とは文化そのものであると考えていまして、文化の下に言語があって、また言語が文化を強化するんだろうと思っています。

    ただ日本のそのややこしさは私は不得手ですし、海外にまでそれを持ち出されるといい加減にしてくれとは思うのですが、その言語、文化がやっぱり日本の繁栄の根底にあったのは間違いが無いと思っています。

    そういう日本文化は好き。でも排他的村社会は嫌い。そういう矛盾が自分の中にあると思っています。

  5. お返事ありがとうございます。 コスト感覚の話をきいて感じたのが、このAさんとBさんの例では、「小さな間違いには小さな罰金を科す」という感覚が欠けていることです。 実際に法外の料金を請求したわけでもなく、まだAさんがBさんにお金すら払っていない時点で、「悪い人間は排除」となるとは恐ろしい社会です。 「Aさんはここに来たばかりだから、2割引(?)で手をうってくれないか?」とBさんと値段(罰金)の交渉をすれば良いものを、「ただで引き受けるか?極悪人か?」でいきなり処刑になるとは、なんたる裁判でしょう。 (この異常な不公平さですが、私も似た話を聞いたことがあります。 その展開から、Bさんがその日本人グループの中心人物から、良く思われていない浮いた存在だったと見当がつきます。)

  6. megさん

    フト思い出したのがこちらでお世話になっていた日本の公認会計士なんですが、昔は多くの人が詐欺に引っかかったり、あるいは詐欺とまではいえないけれど、うまくやられたりすることがありました。で、彼曰く、皆さん、成田を飛び立った瞬間、おかしくなるんですねと言っていたこと。日本では百戦錬磨で生き馬の目を抜くようなやり手がこちらに来てコロリと騙されたり。
    結局ですね、海外に出ると何かが狂ってくるんですね。それは私が日記に書いた「夢と希望と不安」が全て最大値になるんでしょう。(笑)
    だから理屈が通らないんですよ。
    上の例ですと、やっぱりBさんは元々何かあったんだろうなぁ、なんて想像するのがまさに普通の日本人で、実態はそうじゃないんですよ。何かが起きると何かを作り出す掘り出す、あるいは引っ張り出すというか、人間誰でも叩けばほこりが出るわけで、そこを大きく広げて、ほらね、やっぱりと理屈をつける。つまり、誰でも死刑に出来るってこと。まさかが起きるのはそれが理由だと思います。誰でも悪者に仕立て上げちゃう。

  7. >>「つまり、誰でも死刑に出来るってこと。まさかが起きるのはそれが理由だと思います。誰でも悪者に仕立て上げちゃう。」
    はい、ほんと、これは本当です。 「虐められる側にも問題がある」と平気で口にするひとがいますが、やっぱり、それは虐める側の屁理屈で、勝手に理屈をつけて虐めるだけです。 このBさんの話、きっと自分が経験した例に重ねすぎちゃいましたね。 (Bさんのような話をきくと、つい感情移入するので。) Bさんが元気に幸せに暮らしてくれてるといいですね。  

  8. megさん

    Bさんの事件から数年経ちますが、今はどうしているのか心配です。ドタバタ劇を知っている人は「ほら、あのBさん」と言えば通じるし、未だに危険分子に見られているか気になります。ただ、あの時点でBさんを救おうと動いた人、知人がいますので元の生活に戻れたら良いのですが・・・。

    きっとやった方はもうとっくに忘れているんでしょうね。Bさんは一生忘れないでしょうが。

  9. ブログを拝見して、とても共感するお話を沢山拝見すると共に、ゴールドコーストでお金に困ったご老人を協力して助けたお話には、とても感銘しました。(こういう世界も有るんだと。教会にでも行かないと出会えないかなとか思い始めてました)

    我が夫婦は、お育ちの良いお家の方々とのお付き合いは無理と思ってまして。。。
    海外の日本人村で恩義を受けると相手によっては支配される関係になる事がとても気になるこの頃でした。

    また噂話の伝言が人を傷つけるのも、面倒だなあと思う次第で、なんで給湯室の噂話が繰り広げられるのか。。。

    なんかこの頃、小中学校の頃にクラスメートとの距離関係で悩むのを想起してます。

    困った時には助け合う。でも、その義理で気を使い縛られるような事を求めない、異国民と同じような距離感でお付き合いできたらなあと夢見てまして。ブログを拝見して相手をちゃんと選べば期待できるかなと再確認でき嬉しかったです。ありがとうございます。

  10. matchさん

    結局は人間付き合いだから海外も日本も関係なくて同じなんだけれど、夢と希望と不安がパンパンに膨れ上がっている状態だからちょっとした事でも大きな問題になってしまうんでしょうね。

    でもいつか頭も冷えて落ち着いてきますし(そのまんまの人もいるけど)、じっくり観察していると相手を見ることが出来ますよね。他人のことをいろいろ言う人は、他でこちらのことを言っているのだろうし、良い人とめぐり合えて嬉しいなんて褒められても、そこには期待があるからあとでどうひっくり返るかわからないし、愛と恋の違いみたいなもんで(笑)、見ているとわかりますね。

    でも合うと思う人がいたら、とことん肉親と同じような気持ちで付き合えるような関係を構築する「努力」も必要だと思っています。海外生活ってやっぱりサバイバルが大変ですから。でもそれをグループに求めるから話がややこしくなるんでしょう。

    matchさん、きっと海外海外だと自分の頭に血が上らなければ大丈夫ですよ。ただ、夢と希望に溢れて頭に血が上っている人には注意(笑)。

  11. ゴールドコーストの日本人は公称5000人ほど、短期滞在を含めれば大変な数で至る所に日本人有りという状況なんでしょうね。ブログの中で“日本人は必ず村社会を作る。そしてその中で生きる限り、親分の言うことに服従するしかないんですね。”とありました。子連れの方は日本人社会と接することで情報入手には便利な反面何か公園デビューみたいですね。風通しのいい日本人社会が有ればいいわけですがブログを読ましていただくと妖怪の巣窟か大奥の現代版を見るようでゴールドコーストの紺碧な空とは対照的、何のために海外まで来たのかという感じ。
    これと関連するかどうか日本人は血縁を極めて重視、一方中国人や華人は今も大家族が多いですが嫁姑の問題は日本ほど深刻な社会問題にはなっていないそうです。結婚の最重要条件がジジババ抜きという今時の日本女性、子供も自分の手で育てるという信念も強いですが中国人や華人女性は逆に幼児を姑に預けてフットワークを軽くしたい意欲が強いようで行動範囲が拡大しむしろ歓迎する機運も強いようです。実際中国でもマレーシアでも母親と子供だけという姿は巷でまず見かけません。洒落たレストランで子連れの日本人女性数組が陣取っている姿を見てああ日本人だなと直感するわけです。また子供がいない場合全く血筋が異なる子を養子に引き取ることも普通でこれまた血統には余りこだわらない。
    アメリカの場合はもっと極端で異人種の養子も珍しくないですがこういった日本人には受け入れ難い良くも悪くもサバサバした人生観が日本人社会にもう少し有ればもっと風通しのよいカラリとした関係が出来るのような気がします。
    もっとも中国では養子が欲しいため幼児誘拐事件が頻繁、社会を騒がしています。また日本の場合妻が夫の給料管理していることが日本女性の内向き志向に影響を与えている気がします。日本で女性の社会参加の討論番組見ていても日本家庭特有の妻の給与管理には全く触れずに女性差別云々は全くムダな討論だと思います。

    • スズキペナンさん、コメントを有難うございます。

      日本人村社会の良さはもちろん私もわかってはいるのですが、突然時限爆弾が爆発するように、まさかのことが起きるのには本当に疲れました。

      世の中では日本人村社会の良さだけしか誇張しない人が多いので、私は「影」の部分を誇張して書いているだけなんですが、集まる人達がそもそも「不安の固まり」である場合には、何が起きても不思議じゃないと思っています。

      つまり、日本の日本人村社会より海外の日本人村社会には異常さがあるわけで、その辺をそれぞれが理解していれば、バカなことも起きないようにするのは無理にしても、あとあとまで禍根を残したり、それが原因で帰ることになったり、そういうことが減るのではないかと。

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