海外での子育て

最近マレーシアで子育て、あるいは留学するのが良いという話題と遭遇していろんな人の意見を見聞きしているのですが、かなり強い違和感を感じています。これって実はマレーシアで子育てをしている方々のブログを読んでも感じていることですので、それについて私の考えを書きます。

まぁ、子育てって海外に限らず日本でも難しいわけで、親が思うように子供が育つ確率なんて数パーセントでしかないでしょうが、海外に出るとそれがもっと難しくなると私は思っています。日本にいるとき以上に子供に対する期待や夢が大きくなるんですね。だから余計夢と現実の差が大きくなる。そしてうまくないと思うのが海外で子育てをしたこともない、海外で育つ子供の苦労さえ全く知らない人たちが、海外に出ることは良い事だと煽っていること。冗談じゃないぜ、全く。旅行やロングステイで海外の美味しいところだけ取って「素晴らしい~~~~~~」と思うのは勝手だけれど、その延長線上で子供の教育をうんぬん言うのは的外れもはなはなだしいと思っています。

○ バイリンガル

二ヶ国語あるいはそれ以上の言語を繰れるようになって欲しいというのはどの親も間違いなく願っていると思いますが、これが簡単じゃないんですね。そんなのは世界中にいくらでもいる二世、三世を見るとわかるし、日本にも帰国子女はいくらでもいますから彼らを観察してみればすぐにわかること。また実際に海外に出て、そこに育った子供達が周りにいるでしょうからよく観察してからものを言って欲しいと思います。またバイリンガルだと言えるような大人(子供じゃないですよ)に育った人をどれだけ知ってます?ほとんどいないでしょ?

でも自分の子供は大丈夫だと思うんですねぇ。

実際に経験したことがないことをゼロから始めるわけですから、手探りでやっていくしかないと思うのですが、でもその前に調べればわかることがいくらでもあるのに調べもしないのは危険だと思います。現地で育てばどうにかなるなんて事は絶対にないと思って間違いがないはずです。そんなに外国語を習得するのは難しいのか?って思う人がいたら、それこそそこが落とし穴で、外国語を習得するのは簡単なんですね。そこに住んでいる人たちを見ればわかること。みんな外国語をしゃべってます。(笑)

難しいのは日本語ってこと。これに気がついていない人が多いのには本当にびっくりします。自分が日本人で日本語を普通に扱えるから、子供もそうなると信じ込んでいるんですね。つまりバイリンガルのポイントは日本語の習得であるということ。

こういうことを書く私を偉そうに~~って思うでしょうが、私は周りに海外育ちが若いころからいっぱいいる環境で育ちました。親戚に二世三世がいますし(今は5世の時代か)、私の義理の兄も二世(ちなみに日本語を話せるのは一人もいません)。そして私自身、息子達が3歳1歳でオーストラリアに渡ってきて20年育てましたし、同じ永住仲間の子供達はいくらでもいますので、一体どうしてこうなっちゃうの?という例はいくらでも見てきました。で、残念ながら私の息子達もバイリンガルと言えるかというと難しいところです。

私が何を考えてどう我が子を育ててきたかはこのブログにも書いていますが、我が家は基本は日本語中心に育てました。普通の親は一日でも早く子供が現地に馴染んで欲しいと願いますから逆のことをするケースが多いんですね。下手な英語を使いながら家の中では英語だけ、英語のテレビを見せ、英語の絵本を読ませる。たしかにこれはかなり有効で早く英語世界に馴染みますが、それだけ日本からどんどん離れていくってことなんですね。ましてやここは日本じゃないんですから、我が子は現地人として育つだけです。

これがわかっていましたし、日本語の習得はかなり難しいですから(日本にいる日本の子供達に外国語を教えるのと同じこと)我が家の場合は自宅では英語は一切禁止で育てました。普通の日本の家庭と全く同じです。日本の絵本、日本のテレビ、言葉も日本語のみ。そして日本語環境を維持するために日本語補習校(日本人学校は無い)に通わせ、日本語で学び日本語で遊ぶ環境を維持しました。ですから子供達は普通の日本人と同じように幼少期を過ごして育ったわけですが、一歩外へ出ればそこに日本語は皆無ですから嫌でも現地語(我が家の場合は英語)を覚えていきます。そして幼稚園、小学校と現地の学校で教育を受けるわけですからどんどん英語力は伸びていきます。

っていうのも実は嘘で、うちの子供たちは留学生と同じように英語には常に苦労していました。その点では、永住仲間の子供達と比べると英語力はかなり劣っていたと思います。多分高校生になっても日本語の方が得意だったろうと思います。

でもこの育て方としては私は間違えていなかったと今でも思っていまして、子供達はかなり苦労しましたが、皆さんが私の息子達と会って話をしてもちゃんと敬語の使い分けもしますし、日本人らしい挨拶の仕方もしますし(笑)、彼らが海外育ちなのは多分わからないだろうと思います。

でもねぇ~~

じゃぁ日本語で論文を書け、企画書報告書稟議書の類を書けというと全くアウトです。つまり多くの帰国子女と同じレベル。その代わり英語はほぼ完璧なわけですが、これじゃバイリンガルじゃないんですね。

忘れられない出来事があります。私の友人で子供達が中学生、高校生の時にこちらへ移住してきたのがいます。その子供達は聡明で日本の超有名私立校でかなり良い成績を取っていたような子供達でした。この年頃での移住ってかなり難しくて、途中で挫折するケースが多い(成績が芳しくない。引きこもり。登校拒否。日本に帰るなど)のですがその子供達はどんどん現地に馴染み、大学もこちらのトップ校を好成績で出まして、私としては理想の育ち方だと思っていました。私の目から見れば完璧なバイリンガルで、しかも原点として日本人としての考え方、アイデンティティをしっかり持っている(これを維持するのが海外では難しい)。ところがですね、就職時になったらそれでも駄目っていう現実があったのにはびっくり。その子はバイリンガルとしての仕事を望んでいたのですが、「君の日本語も英語も、両方とも使い物にならない」とはっきり言われたとがっかりしていました。

ここなんですね、難しいところは。親が考えているバイリンガルと社会が求めているバイリンガルには大きな隔たりがあるってこと。ましてや日常会話は完璧ですなんてレベルでは全くお話にならず。

私はここがポイントだと思うんです。海外に出て子供達が現地の言葉を普通に操り、現地人と普通になんの問題も無く付き合っている姿を見ると親としてはホッとします。また、「パパ、バナナって英語でなんていうか知ってる?バナーーナって言うんだよ。」なんて言われてデレデレしてしまうんですね。ここに落とし穴があると私は思っています。この方向で行けば大丈夫だ、なんて思ってしまう。

ところがそのまま大きくなるととどんどん現地化していくだけだってこと。

子供に日本語を教えるために日本語環境に置いておくのは非常に大事だと思いますし、日本語補習校へ通わすのも良いと思いますが、それとて実は簡単ではないんですね。これはゴールドコーストでもそうですが、例えば幼稚園とか小学校の年少組みは50人ぐらいの子供達がいる。ところが上に進むにつれて段々減っていくんですね。中学校になると3分の1以下になり、中学を卒業できるのは10人にも満たないなんてことが普通。子供達の現地校での勉強が難しくなり、宿題も増えますから日本語補習校なんて行っていられなくなるんですね。

それでも騙し騙し通わせるわけですが、あるとき、「どうして日本語なんか必要ないのに勉強しなくちゃならないの?」なんてことを言い出すのが普通。

これは大きな関門で、これをいかに切り抜けるかがどの家庭でも経験する第一番目の関門だと思います。まだまだ関門は続くのにこの第一番目さえも通り抜けるのは簡単ではないはず。で、多くの親は妥協してしまう。

日本語補習校の方もその辺はちゃんと考えていて、遊びに来るだけでも良いという環境を作っているものの、それでも止めていく子供達は多い(うちの子供たちは現地校は休んでも日本語補習校だけは絶対に休まない補習校大好きという変なやつらでした)。

これは日本語に問題が残るだけじゃなくて、日本そのものを知る機会が減るということでもあるわけです。日本人が日本人としての文化、考え方を身に着けるには日本語を通してそれを得るわけで、その基本となる日本語を学ぶことをやめてしまえばどうなるかは簡単に想像できるはずです。家庭内だけでどうにかしようというのは無理があると思います。日本の文化って言語だけじゃなくて日本人独特の団体としての行動パターンや考え方があるはずで、学校はそれを学ぶには最適なところだと私は思っています。学校は子供にとって唯一の日本人社会なんですね。

私が考えていたポイントは自分が日本人であるということを強く意識させること、そして日本人であることの誇りを植えつけること。これってちょっと変な言い方ではあると思いますが、自分が日本人であることを嬉しいと思う状態をいかに維持するかがポイントだと思います。日本のことも覚えていない、あるいは行ったこともないけれど、日本を祖国と思い、日本が大好き、日本人大好き状態を維持する。私は子供達に催眠術ではないけれど小さいころから日本て素晴らしい国だ、日本人って凄いんだぞと話し続けました。今ではちょっと違いますが、うちの子供は右翼か?なんて思うくらいだった時期もあります。当然、日本の国旗には敬意を払い、君が代を聞けば自然に直立不動になるような子供でした。

これが良いのか悪いのかは別にして、そういう気持ちがあるから日本を忘れない、日本を大事にする、当然日本語や日本の習慣をも自ら覚えようとするんですね。また海外では必ず経験する人種差別、そしてそれを原因とする虐めに対しても強い子になると思います。これは極端かもしれませんが、そういう風に育てても、いつか日本を捨てて現地人として生きていくことを選択する子供達が多いということを忘れてはならないと思うのです。ただ自分の子供が日本を捨てようとしているときに、それはそれで構わないと思うのならまた話は別です。

日本の公立校は誰でも受け入れなくてはなりませんから、海外子女でも、たった1ヶ月でも受け入れてくれます。それを利用して日本との関わりを保ち続ける家庭も結構多いですね。それと何年かづつ行ったり来たりするとか。でもこれも進学を考えるとなかなか難しくて、結局は子供だけ日本に返すとか(子供だけ他国に出すケースもある)、あるいは家族全員で引き上げるなんてケースも決して少なくない。面白いのは、日本の学校に何度か行かせていたら、やっぱり日本が良い、帰りたいと言い出す子供もいたこと。ヨメさんの親友家族はこれが理由で日本に引き上げました。ヤブヘビ。

まぁ、臨機応変にやるしかないわけですが、海外に出たから素晴らしいことが起きるなんてことが無いのは間違いがないと思います。大事なのは日本で育つ以上に子供が孤立するケースが多いわけですから、親子の絆を強くすることは大事だし、そしてその為には親は絶対に自分の味方であるということを信じさせなくてはなりませんし、必ず経験する人種差別に対しても、「我慢しろ」は禁句で、「どうにか仲良くやれるように努力しなさい」も絶対駄目で、親としてあってはならないことには断固抗議することも大事だと思います。日本人はマイノリティであって、それこそ皆に囲まれて虐めにあうなんてことは何度もあるはずで、そういう体験から日本人であることを隠そうとしたり、現地人になりきろうとしたり、そういう問題からは背を向けて知らん顔するようになる日本人子女も決して少なくないんですね。心の痛みからは理屈は別にして逃げようとするのが当たり前で、でも戦うときには戦えと育てるのは簡単ではありませんが、私はそのように育てましたし、援護射撃もやりました。

この差別や虐めに関しての話は今回書いた以上に長くなりますから書きませんが、これは一度や二度の経験じゃなくて常に起こることですから、それから逃げることなく逆にそれを利用して家族の絆作り、日本人としてのアイデンティティ作りに利用するべきだと思います。

今回はバイリンガルに関して書きましたが、現実的にはバイリンガルはかなりハードルが高いということ、そして下手をすると日本語を一切しゃべらない日本人になることも決して少なくないこと。どうしても馴染めずに引きこもり、登校拒否になったり日本に帰らざるを得ないなど、そういうまさかが簡単に起きますから親としては細心の注意が必要だと思います。

うちの場合は絶対に大丈夫。こういう自信過剰が一番危険だと思います。これは子育てに限らずロングステイや海外での起業もそうですし、俺は大丈夫、この盲信が失敗する最大の原因だというのは忘れるべきではないと思います。

バイリンガルであることって本当に大事なのか?というのも真剣に考えるべきだと思います。日本人は外国語に関してはかなり強いコンプレックスを持っているのが普通で、他国語を操れることに関してはどうしても憧れを持ってしまう。でも、ここで今一度原点に返って、本当に外国語って必要なのかどうか、また必要であってもその優先順位は?他に大事なことがあるんじゃないかってことを考えるべきだと思うのです。

私が思うに、能力としての言語はまず一つの言語に関しては完璧である必要があると思います。でも下手に海外で育つと、2-3カ国はそこそこ出来ても、どれも中途半端、日本語さえも中途半端になるケースが多いということ。これは今海外子育て真っ最中の小さな子供達を見るのではなくて、20歳を過ぎた連中がどの程度の語学レベルか見れば簡単にわかると思います。つまり、海外なんかに出なかったほうが良かったという結果にさえもなるってことで、ここはしっかり自分の目で調べるべきだし、どういう計画を持つべきか真剣に考える必要があると思います。

そして子供達もいつか社会に出て仕事をするわけですが、社会は我々が想像するほどバイリンガルを求めていないんじゃないでしょうか。言語よりも専門性が重要視されるのが普通で、外国語は意思疎通ができれば大丈夫程度のほうが普通だと私は考えています。ですから、中途半端な語学留学なんて私は無意味だと考えていますし、大学に行かすにしても将来どんな専門家となるのかが一番重要だと思います。もちろん言語の専門家という道もあるわけですが、これは普通に海外で育って普通に学校行ったくらいでどうにかなる話じゃないのはわかるはず。

海外で育つ、あるいは学ぶということは、語学だ、専門性だとは別に、他民族とのふれあい、全く違う価値観との出会いなど、様々な利点はあると思います。でもそれを指して、国際人になるだの、グローバリズムを理解する青年になるだの言うのはちょっと大げさではないでしょうか。逆を言えば、日本で育って日本で学んだ子供達は国際社会でまるで役に立たないのか?日本では何も学べないのか?って話になっちゃいますよ。

私としては国際的にどうてらこうてらとか、グローバリズムを理解できるのか、他民族との共同作業ができるのかどうかとか、そういうのは個性に関わることが大であって、海外で育ったから、海外で教育を受けたからとはほとんど無関係だと思っています。嘘だと思うなら、海外育ちをしっかり見てください。また海外で活躍している日本人の多くが海外育ちかどうか見てください。それどころか海外で育ったがゆえに使い物にならないという子女も多いのがわかるはずです。これは子供だけじゃなくて、日本の社会を知らずに海外でだけの仕事経験しかない大人たちが、日本の社会常識さえ知らない人が多くいるのがわかるはずです。マレーシアにもいるでしょ、そういう現地化してしまった大人がいくらでも。

でも海外で育てば、海外で勉強すれば何かいいことがありそうだと思いますよね。もしかしたらそれは幻想かもしれないと見つめてみるのも大事ではないでしょうか。得るものが何も無いと私は言ったことはありません。でも失うものも確実にあるってこと。

海外に出たら青い鳥がいるような気がするのは錯覚だと思います。

それと子育てに関しては海外に関係なく、絶対に失敗だったという親はいないんですね。最初の目標とはたとえ180度違う方向へ行ったにしても、間違えでは無かったと必ず言います。そして良かったところばかり強調する。世の中に存在する話はそういう話ばかりだと考えるべきだと思います。本当のところはなかなか見えてこないでしょう。

移民仲間は子供を中心にして知り合ったケースが多く、子供達が小さいころには親達は皆同じような夢を持ち、どうやって育てようか話したり情報交換をします。でも段々と月日が経つにつれて、目標はみんな似たようなはずだったのが子供達の育つ方向性がかなり違ってくるんですね。言語にしてもそうで、ほとんど日本語はカタコトみたいに育った子もいれば、英語は全くしゃべろうとしない不思議な子もいるし、まぁ、どちらも流暢にこなす子もいる。でも私の周りにはバイリンガルと言えるほどの子はいません。で、親同士でたまに話すのは、昔はこんななるとは思わなかったよね、って話。バイリンガルにしても、そんなことを夢見たときがあったねー、でもまぁ、両方ともそこそここなせるからいいよね、とみんなで笑ったり。でもそういう話が出来るのはまだ幸せで、問題を抱えたままの家庭も決して少なくない。

これは海外ロングステイも同じで、来たばかりは\(^o^)/状態で喜んでいる人ばかり目立つけれど、黙って逃げるようにいなくなる人もいる。でもそういう人たちに一体何があったのか、何を感じたのか、それを知ることはまず不可能で、活字になることもまずありません。そして当の本人に聞いても本当のところを言う人はいないでしょう。

でも周りから観察しているといろいろ見えることはあるわけです。でもそれを口に出してはいけないんですね。こういうブログに書いてもいけない(笑)。

でも子育てに関しては私は書きますよ。大人はどうでも構いません。好き勝手に選んだ道なんですから、いつまでも\(^o^)/していれば良いと思います。でも子供は自分の意思で来た訳でもないし、自分で環境を選べないわけですから、半端じゃない苦労をするはず。それを親は常に理解しないと駄目だし、でも過保護もやっぱりまずいし、先手先手を打つ必要があるのは海外も国内も同じこと。ここで大事なのは、海外に出たからいいことがあると親が夢見ている状態だとやばいってこと(こういう親は決して少なくない)。子供は全く違うことを考えながら生きているはずですから。

海外だから経験できることは多いとは思いますが、そればかり強調するのはおかしいと思います。日本にいたら何もわからない、ただのバカに育つでも言うのでしょうか。海外で育ったがゆえに箸にも棒にも掛からない、使い物にならない変な日本人になる可能性だってあるわけです。我が子もそうかもしれません。

海外に出て良いと思うことは、自分の今までの環境や常識、価値観の違う世界でどう生きていくか体験できること。これは子供も大人も同じだと思います。でもそういう適応力や頑張る力って、では海外に出なければ身につかないことなのでしょうか。私は絶対に違うと思うし、疲れ果ててその環境に流されることを選ぶ人もいるわけです。海外でそうやって流れて生きる方法を選択した場合どういう人間になるか、私はそれの怖さのほうが気になります。そして自分の子供達を見ても、そういう部分が少なからずあるのがわかります。高い目標を持ってそれだけを見つめて邁進できる人間なんてそうは多くはありませんから。

それと多くの人が勘違いしていると思うのは、海外育ち、海外で教育を受けた場合、就職にも有利じゃないかと考えているフシがあるということ。これって逆で、マイナスにこそなりプラスにはならないんですね。海外に出ることを推奨するまえに、こういう帰国子女の問題点もまず最初に知っておくべきことだと思うんです。

海外の経験はプラスになります。それは日本なら日本という基礎があってそれに海外がプラスされた場合のことであって、日本という基礎がなく海外しか知らないとなると日本人みたいなでも外国人みたいなわけのわからんやつでしかないってこと。

そういう意味では、ちゃんと日本に育ち、日本の文化も言語も理解し、そして日本で教育も受けて大学も出る。そしてその上に海外での教育なりなんなりをプラスしていく。これが大事だと思うのです。あるいは海外で教育を受けて、日本でも学位を取るとか。これじゃないと相手にしてもらえないという現実があります。

親はそれを知らずとも子供はそれを知っていますから、ある日突然、その国の人間として生きるなんて言い出すのでしょう。

我が家の息子達は今就職戦線にいるのですが、非常に苦労しています。二人ともオーストラリアで教育を受けていますからその延長線上の就職を狙うしかなく、日本企業には全く相手にされません。ただそういう若者に興味を持つ企業や部署もなくはありませんが、決して主流ではないんですね。またオーストラリアではバイリンガルだからどうってことも全くありません。言語に強いというので優遇されるとしたら日本と関わりのあるサービス業の便利屋さんとしての仕事があるぐらいでしょう。つまり大事なことって言語じゃないってことなんですね。あくまで専門職としてのスキルが一番重要であって、それは世界中どこへ行っても変わらないと思います。

留学に関しても同じで、下手に子供を海外に出すと、まずはその地の言葉を習得することに精一杯で一番大事な専門性を手に入れるには至らないことがあるってこと。まずは大学付属の語学学校で勉強したけれど、結局大学には入れず、あるいは入ったとしても卒業できずという日本人子弟がどれほど多いか、そういう現実も忘れるべきではないですね。海外駐在組が決してみんな家族同伴ではないのはどういう理由か考えてみたら良いと思います。彼らの多くは下手に海外で育てるとうまくないことを良く知っているからでしょう。

また日本の現実から逃げるために海外に出る人っているんですね。子供が突然留学したいと言い出すのもそういうケースが多い。私もそうでした(笑)。でもそれって問題解決には至らないケースがほとんどなのね。親は喜ぶみたいだけど(笑)。オーストラリアでもハワイでも西海岸でも留学生の実態を知ったら驚くんじゃなかろうか。まともに勉強してスキルを身につけて帰る子女って10分の1もいないかも。でも親も子も良い経験をしたと言うのね。それを世間が認めることはないにしても。結局遊んじゃった留学にしても無意味だとは思いませんよ。それも普通じゃ出来ない良い経験でしょう。でも大事なことって他にあるんじゃないかってことなんですよ。

あ、そうそう。一つ重要なこと。

子供達は必ずいつか太平洋戦争のことを学校で学びます。日本が世界に対し、アジアに対して何をしたかを学びます。これを子供達に事前に話をしておかないと、多くの日本人子弟は「それは嘘だ。そんなことがあるわけがない。」とクラス内で主張しちゃうんですね。で、みんなから寄ってたかって叩かれる。同じクラスに隣国の子供がいた場合にはかなり面倒なことになるようです。これは大学での一般教養の授業でも、隣国の学生がいかに日本が卑劣な国であるか演説をする場面があるとのこと。

我が家ではこれに対処していませんでしたので大変でした。ある日、長男が泣きながら帰ってきまして、「パパ、日本人ってそんなに最低な民族なの?そんなに卑怯なの?嘘だよね?」と私に食って掛かるんです。

私としてはその通りだという言い方はできませんし「お前もパパもママもヒデ(弟)もいつも正しいことをしているかというとそうじゃないよな?間違えることはあるのが人間だよな?国も同じで、自国や世界の為に良かれと思ったことでも、結果的に間違えだったこともあるんだ。」とその場を切り抜けました。

小さな子供に日本が一体何を目指して何をしたのか、それがどういう結果になったのかを話すのは簡単ではないと思います。また個人、家庭によってその辺の考え方の違いもありますし、子供にどう教えるのかはそれぞれでしょう。ただ、どちらにしても、その時が必ず来るのは覚悟して準備しておく必要があると思います。これが原因で友人間で問題が起きたとか、子供の心の傷つきようは半端じゃないですから細心の注意が必要だと思います。

おまけ。

オーストラリアの日本男児 (長男の子供のころの話) ← クリック

オーストラリアの日本男児その2 (次男が子供のころの話) ← クリック

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海外での子育て” への20件のコメント

  1. SECRET: 0
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    先日も近所の焼き鳥屋で同業者の夫婦のくそがきが
    私が帰るときに「あいつなんであんな大きいかばん持ってんの?」と言いました 「おじさんはあいつじゃないよ」と言っておきましたが 最低限の良識ぐらいは教えとけよと、思いました
    子供には罪が無いので 両親の頭の悪さに衝撃を受けました
    (接客業なのに)
    だから帰国子女はことば知らんなんていわれちゃうんですよね
    当家の子供も母語は英語になりつつあります 日本語教えるのは本当にむづかしい 一時期漫画日本の漫画読んでいたら 英語力が一気に落ちたので漫画は今は無し 
    この話題はコメント欄に書ききれる話題ではありませんね
    おっしゃってることは同意いたします
    全部中途半端なのに「うちのこマルチリンガル」みたいな 
    人種差別の件はマレーシアは多民族なので人種差別と言うよりも人種区別ですね
    解り合う気無しみたいな感じ
    当地でもWWⅡはジェネラル山下です、
    それよりも日本の通信教育の社会の教科が「自虐史」なので私がいちいち駄目出ししています

  2. SECRET: 0
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    以前からdaboさんの海外で日本語(日本文化)に基点を置いた子育てをされてきたという話に本当に賢明さを感じています。

    一般的に他言語をきちんと獲得するためにはまず母国語をきちんと獲得して思考できるようになってからでないと、どちらも中途半端になってしまうというのはよく知られていることです。

    そしてそのことは単に言語の問題以上にアイデンティティに深くかかわってくるという重大な問題をかかえています。

    そして、さらに親子関係に大きな問題が生じる可能性にも気づくべきだと思います。
    子供が小さい時はいいですが、思春期を迎えた時、ただでさえ難しい時期に、親の英語が子供よりつたない、子供が複雑な日本語がわからないとなると本当に悲しいことになります。
    子供からすれば、人生の大切な時期に深い話をしようにも、親の話す英語を聞くと幼稚で尊敬できる人格に感じられない、親からすればいろいろ話しても微妙な内容が伝わらないというようなことがおきます。

  3. SECRET: 0
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    うーん、全体的な安易な海外での子育て賛歌に違和感を感じる、という主張には同意します。

    うちは、20歳の娘と18歳の息子をオーストラリアで産んで育てました。
    夫も日本人ですが、若いときから海外で住みたかったらしいです。
    わたしは、短大生のとき、教育実習で出身中学に行って、生徒でも教師でもない立場で教育現場を見て、「この国で子供を産んだり育てたりしたくない」と思ったことが大きかったかな。
    オーストラリアの子供たちが、大人のミニチュアみたいでなく、子供らしい目をしていた、ということもポイント高かったと思います。
    ゴールドコーストは、田舎だから、物理的に広々していて、海に行ったり、山にいったり、子育て環境はよかったと思います。
    こっちの子供って、小学校高学年ぐらいまですごく子供っぽいのに、思春期を過ぎる辺りから急に大人っぽくなる気がします。法律的に許される14歳と9ヶ月からアルバイトをする子も多くて、そこで社会勉強するからでしょうか。
    経済的に自立するのも早い。
    大学の学費、親は払ってませんもの。

    海外での子育てで、日本語の習得が難しいというのは確かですね。
    日本で生まれ育った子供と同じレベルを期待するのであれば、相当な時間とお金とエネルギーをそのために注ぐ必要があると思います。
    限りある時間とお金とエネルギーを何に注ぐかは、それぞれの家庭の考え方次第。
    うちは、日本語は、ジジババとコミュニケーションできる程度とし、ローカルのお友達と仲良くすることに主眼を置きました。
    よって、家庭内は基本的に日本語でしたが、補習校のある土曜日は、娘は一時期乗馬をし、息子は6歳からサッカー、8歳からテニスとゴルフをしていました。いずれも趣味程度ですが。
    おかげさまで、二人とも友達が多く、楽しく過ごしています。

    ただ、お父さんとお母さんで、教育方針を一致させることは大事だと思います。
    お父さんとお母さんの言うことが違ったら、子供は困ってしまうでしょうから。

    人種差別によるイジメは、確かにあったと思います。
    聞いても話してくれませんでしたが。
    今、思えば、親を傷つけると思って黙っていたのかも。
    不憫ですね。

    何か一つ、自由に操れる言語を持つとしたら、英語が便利だと思います。
    アメリカ、カナダ、イギリス、シンガポール、オーストラリア・・・いろんな国で、簡単にコミュニケーションできますから。
    テニスの全豪オープンでも、どこの国の選手もそれぞれのお国訛りの英語でインタビューに答えてますよね。錦織くんも。

    でも、ジジババとの日本語のコミュニケーションは、マストだと思ってました。
    「あなたたちを愛している人がいる」というメッセージは送り続ける必要があると考えてましたから。
    義父母には、初孫を海外で産んで育てているという負い目がありましたから、毎月近況報告の手紙を書いて、なるべく子供の写真を同封するようにしていました。
    おばあちゃんから、「着いたよォ。」と電話があると、必ず子供たちを電話口に出させました。

    <中途半端な語学留学なんて私は無意味だと考えていますし、>

    この部分は、わたしはちょっと違います。
    まあ、1週間とかなら、旅行と同じでほとんど何も見えないかもしれませんが、3ヶ月とか半年いれば、自分を客観的に見るとか、外から日本を見るとか、違った視点を持つという意味で、視野を広げるチャンスになると思います。

    結局、娘は、大学で中国語と日本語を勉強することになり、日本語のレベルは上がりました。
    今は、中国語に磨きをかけるため、交換留学生として台湾大学に行ってます。
    息子は、エンジニアリングの勉強をしているので、日本語は小学校低学年レベル止まり。
    でも、daboさんがおっしゃるように、日本はもう終わってる感じなのであせりはありません。

    戦争のことは、話してませんでした。
    というか、わたし自身が知らないので、勉強しないといけませんね。

    長くてスミマセンでした。

  4. SECRET: 0
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    おおにしさん、あいつですか。(笑)

    モヒカン刈り、サングラス、真っ赤のシャツでも着てたんじゃない?

    人種差別じゃなくて人種区別ですか。なるほどぉ。マイノリティっていなくてそれぞれみんながマジョリティーだとそういうことになるんですかね。フト、アメリカを思い出しましたが一つの国の中にいくつもの国があるような感じがします。

    凛弥さん、お久しぶりです。

    そうですよね。海外で子供を育てれば凄いことが起きるように言う人たちはまさか親子で会話が成り立たないことが普通に起きるなんてことを全く知らないんでしょうね。そしてそれは絶対にそんなことにならないように育てたはずなのにそうなってしまうってところが怖いんですね。決して親達は子供を放っておいたわけでもないのに。

    私も正直なところ、自分の子供達には「日本人+アルファ」のような人間に育って欲しいと思っていましたが、まず日本人を維持するのが何よりも難しいんですね。かなり難しい。で、気がつくと「現地人+若干日本がわかる」子供になってるだけ。次の世代は間違いなく「現地人100%」でしょう。これは世界の何人だろうが3世、4世を見ればわかること。

    国際人だのグローバリズムだの言う人たちは全く現実を見ていないし、そもそも世の中には国際人なんていないってことを考えて欲しいです。

    親はかなり綿密に作戦を立てないと駄目だと思いますし、でもそれがどれほど有効かはギャンブルみたいなもんだし、最悪の場合、自分の子供は日本人を捨てる可能性があることは肝に命じていたほうが良いだろうと思います。そもそも海外育ちの子供にしてみると日本は外国でしかないんですから。

  5. SECRET: 0
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    ちりとてさん

    ちりとてさんのところはほんとの移民なんですね。

    私はオーストラリア人になろうと思ったこともなく、息子達がオーストラリア人になることを選択しないようにあの手この手を打ってきました。でもどうなりますかね~。全くわからずです。

    私もどうなるのかなぁ。死ぬときには日本で死にたいと思うし、もっと日本のことをいろいろ知りたいし、マレーシアにとりあえず渡って3年後には日本へ帰るという選択をするかも。

    日本はこれから多難の時代に突入だと思いますが、私はそれでも世界のどの国よりも日本が好き。

  6. SECRET: 0
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    父親が日本人、母親がフィリピン人の知り合いの少女(外見は日本人)が日本で生まれてから小学校まで過ごし、フィリピンに渡ることになってからの心の葛藤を涙ながらに話してくれたことがあります。
    「初めて母親の国に降り立ったときのむっととする臭い、物乞いをする子供たちなど、あまりにも日本とかけ離れた様子に、この遅れた国の血が私の中に半分流れているということを受け止められなかった。」というのです。「自分を半分を蔑む自分がいる、そのことは母親を否定することに繋がる。どうやって生きていけばいいのかわからず苦しい。親にはもちろん誰にも話すことが出来なくて辛かった。」と。

    日本に住む中国人の友人が、3歳の時に連れてきた小学6年生になった娘に対して「まるで娘が自分の手の届かないところに行ってしまったような気がして悲しい。」と言って、中国語を獲得させるために娘を中国の親戚に預ける決断をしました。
    母親は日本語での日常会話には何も問題はありませんでしたが、「娘との深いコミュニケーションができなくなったこと、そして娘が中国語を忘れ、中国人であることを忘れてしまうことは重大な問題だ。」と言っていた
    ことが印象的でした。

    親の国が子供が生きようとする国に於いてマイノリティの立場にある、とりわけ被差別の立場にある場合は特に深刻な問題をかかえる可能性があります

    海外で子供に自分に誇りを持たせて生きさせためにも、親はその国の歴史や自国の文化を十分に学んで覚悟して子供を育てる必要があると思います。
    それは、自国で子育てをする以上に大変なことだと思います。

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    おそらく311以降、子供か日本で就職するイメージを持てなくなった人は増えたと思います。
    日本の衰退は肌でひしひしと感じます。
    日本語は家族とコミュニケーションするのに足りる程度、英語が軸で中国語でも仕事ができるように。
    私が住んでいるのは東京ではなく兵庫ですが、地方でもこの価値観持つ親がちらほら。
    確実に子育てでの語学の意味が変わってきていると思います。
    私の周りにも二世や帰国子女が多いので記事におおいに共感します。
    ただそれ以上に、日本への失望感というか、価値観が変化しています、親達は。

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    あら、誤解されては困るんですが、わたしは安易な海外での子育て賛歌に違和感を持つ一人です。
    この20年に、いろいろなことがあって、悩んだり、迷ったりするたび、夫と話し合い、確認しながらきました。

    子供たちは、ルーツは日本人として育てたつもりです。
    補習校こそ行きませんでしたが、小さい頃は、小川スクールに通って、他の日本人の子供たちと一緒にお絵かきしたり、いろがみを折ったり、はないちもんめをしたり、運動会で、玉入れや大玉ころがしなどしてました。

    家では、箸を使って日本食を食べ、鯉のぼりの下で写真を撮り、ぬか漬けも年期が入っていて、日本以上に日本してる、とよく言われます。
    daboさんのおっしゃる海外で育てることで、得るものも多いけど、失うものも大きい、という考えも理解できます。

    わたし個人は、父とも母とも人生について、日本語で深いコミニュケーションをした経験がないので、そうした必要性は感じませんでしたが、確かに、わたし達夫婦と子供たちの間で、時には会話が難しいことがあります。

    娘がタイ人のボーイフレンドと日本に行ったとき、彼が、「日本に住みたい。」と言ったのに対し、娘は、「嫌だ。」と答えたそうです。
    (遊びに行くのは大好きです。物が豊富で、食べ物がおいしく、清潔で、サービス満点。便利で快適、刺激もいっぱい。)
    わたしは、それこそ、彼女が、KYに代表されるような日本人気質を理解している証拠と、受け取りました。
    娘は、日本人の顔をしているから、日本で住めば、日本人が共通して持っている暗黙の了解の世界に自分も組み込まれる、と感じてのことでしょう。
    それが理解できたのは、日本人として育てたからだと思います。

    海外での子育ては、親の覚悟が問われる、その通りだと思います。

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    凜弥さん

    私としては自分がどうあるべきか子供達にどうあって欲しいかというのはかなり確固としたものを持っているのですが、一つわからないことがあります。ハーフってどうなんだろうって。彼らのアイデンティティとか言語に関する考え方もわかりません。私の周りにはハーフがいないので観察も出来ません。

    ただ、ハーフこそが国とかアイデンティティとか差別や偏見に対する正解を持っているような気がするんです。ハワイや西海岸に行きますとハーフどころか8分の1、16分の1いろいろ混ざっているような人たちはいくらでもいて、血とか国とか人種とかってまるで意味がないんですね。ではどういうアイデンティティなのかというとアメリカ国民としてのアイデンティティなのかと、アメリカの移民に対する政策を見てもそう思うのですが、でも自分の頭の中では良く理解できません。これはアジアでも国は違っても宗教でつながる人たちが多くいるわけで、これもまた私にはわからない世界。

    今時の日本人で会津だ薩摩だという人はいないわけで、もしかすると自分が考える日本人のアイデンティティってくだらない思い込みなのかと思ったり。

    たにしさん

    なるほど。日本の凋落ぶり、そして311で日本はかなり変わっているんですね。その辺が私には見えないわけですが、多くのアジア人は自国を捨てて海外に出ることを望んでいますが日本もそうなったのかと思うと非常に残念です。

    ちりとてさん

    なるほど。ちりとてさんのご家庭がどういう風になっているのか理解できました。

    あれれ、mayaさんのコメントがあったはずなんですが・・・

    まぁ、海外組みって言っても一くくりに括れるような状態じゃなくて本当にいろいろなパターンがあるわけですが、私がこの日記で言いたかったことは、ロングステイは素晴らしい~~というのと同じような浮ついた気持ちで海外での子育てを考えて欲しくないし、関係もない、わかってもいないのに良いことしか起きないかのように諸手を挙げて推奨して欲しくないということでした。

    国際人だのグローバリズムを理解するだの、そういうこともあるのかもしれませんが想像でものを言ってもらっては困るわけで、またそういう期待を持って海外に出ても、現実は全く別のところにあるということなんですね。

    そして自分が望んだように育たなくても、親はそれを受け入れるしかないし、後悔しても遅いし、そしてそのうち「これでよかった」「これがベストだ」と思うようになるんですね。こうなるのは人間の心理として普通のことだと思うし、でも実際に思うようにはならないにしても良いことはいっぱいあるし、その経験が無駄とは思わない。でも最初の計画、夢はどこへ行ったのか?ここに私は言及したいと思うのです。そして計画通り、夢の通りになったケースはゼロに等しいぐらい稀であるってこと。

    移住そのものも同じことが言えると思うんです。ロングステイみたいに美味しいところだけ取って生きることはできませんし、嫌なら帰ればいいってわけにもいかない。だから夢だ希望だ、皆さんもどうですか?と、そういうことばかり言う人たちには非常に強い違和感を感じるわけです。だからこの日記を書きました。

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    へぇ、「海外の子育てに憧れを抱いて移住」する人って、多いんですか。ちょっと考えただけで「住み慣れた日本で育てるより数倍難しいこと」だって思いますけどね。

    旅行と移住はまったく違いますものね(笑)
    そんな安易な親の、浮かれた理想に人生を付き合わされた子供は可哀想ですね><親に悪気は無いんでしょうけど。

    子供にいい会社に就職して欲しいとかいう期待はまったく抱いてませんが…生きていく力というか土台というか基礎というか、親は責任重大ですね。

    子育てなんて人それぞれだし何が正解かなんて知らないけど、問題から逃げてはいけませんね。歴史とか人種差別に関しては、そういう事に悩むって経験も、地球人として重要な課題でしょうね。

    日本との関わりは決して絶たせたくないなぁ。「英語でこと足りるし日本語は必要ない」なんて、悲しいですよね。今のところ息子は夫には英語、私には日本語で会話してますが。(子守唄も、絵本の読み聞かせも、徹底的に分けている)

    日本の幼稚園を卒園させたところで、移住したらどんどん日本語ぬけちゃいますもんね~。難しいなぁ、本当。英語より日本語のが難しいですよね。(日常会話程度なら簡単だけど、その先が難しいですよね。社会人としての言語能力、大事ですよね。)

    まぁ最近の日本の若者は、正しい日本語を話せないみたい(私も自信は無い)親子の会話が少なくテレビゲームに子守させてる親が非常に多いらしく、ママ友のお嬢ちゃん(小学2年生)のクラス、先週の国語のテストで「買う」の対義語を「売る」ではなく「買わない」と答えた児童が4割近くいたそうな…がっくし。

    子供の「日本語に対するモチベーションの維持」とか、日本文化への興味とか、日本の魂や技術に対しての誇りとか、やっぱり親から子へ、きちんと伝えていくべきですよね。このブログ読んで、喝いれられた感じです^^

    移住しても君が代は歌い続けたい。あと我が家の新年の恒例行事、書初めも毎年続けたいと思います(笑)

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    スミマセン。〆のコメントを書かれた後なのに。
    ちなみに、娘のボーイフレンドは、タイとジャーマンのハーフです。
    小さいときから、タイのインターナショナル・スクールに通っていたので、英語はほぼ完璧だそうです。
    それで、今、オーストラリアに留学しているわけですが、息子に、自分のルーツであるドイツとタイの言葉に加えて、英語を自由に操れ、一神教的父性原理に支えられた西欧社会(3月15日付日経ビジネスオライン鈴木友也氏の「ダルビッシュとウッドフォードと橋本徹」より)を理解できる環境を用意した、彼のお父様の賢明さを素晴らしいと思います。
    あ、絵本の読み聞かせは、いいですね。
    うちも、一時期よくやっていました。
    家の中で話す日本語は、ボキャブラリーが限られているし、きれいな絵本も多いから、情緒教育にもいいですよね。

  12. SECRET: 0
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    八ツ代 梢さん

    海外での子育てに憧れというと語弊があるかもしれませんが、私は日本で育てるより良いと思って、そしてそれが一番の目的でオーストラリアに来たわけです。ただ、上にも書いたように私は日本人のアイデンティティ、日本語の維持が難しいのは承知していたものの、では計画通りにうまく行ったかと言う答えはNoだろうと思います。

    ただ何度も書きますが、親は子育てに失敗したとは「絶対に」認めないんですね。まぁ人生も同じで、失敗だっとは思わないのが普通で、「良い経験が出来た」というところでうまくまとめるのでしょう。でも当初の計画とはとんでもない方向を向いていることが多く、日本国内ならまだしも海外へ出るとまさかの「日本を捨てる」事態も起こるから怖いと思います。日本を捨てる覚悟があるのなら子育てはさほど難しくないし、オーストラリアは環境としては抜群だと思っています。

    ちりとてさん

    子供が小さいうちは自分の意思で動きませんから、そういう時代にいろいろ教え込むしかありませんね。中学ぐらいになって「なんでそんなことをする必要があるんだよぉ」ぐらいのことは言い出すし。(笑)

    うちの子供、特に長男は日本に哀愁を感じていたようで、当然、日本大好きで高校生になっても補習校の先生に特別に古文を教えてもらっていたりしました。そうやって自発的に日本と関わりを持ってくれると嬉しいのですが、でも結局は中途半端かな。俺はそこらのワーホリより日本のことも知ってるし言葉もうまいなんて威張ってますが、さて日本人社会で通用するのかどうか。(笑)

  13. SECRET: 0
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    当初の計画通りにはいかなかったかもしれないけど、私はdaboさんの子育ては結果的に間違ってなかったと思います。

    つい最近daboさんを知ったばかりですけど、こんなお父さんだったらきっと立派な息子さんが育つんだろうなって思いました(娘くらいの年齢なのに生意気言ってスミマセン笑)でも本心です。

    それに計画通りの子育てなんて、日本国内にいたってできやしないと思うんです。日本にいたらいたで、こんなはずじゃなかったってこと、あると思います。

    アイデンティティの部分だけで言えば、日本国内に住んでいたら自分が日本人であることなんて(当たり前だから)意識しないのが普通ですから、外から母国を見つめる経験は、かけがえのないものだと思いますよ^^

    オーストラリアかぁ…良いなぁ(笑)
    永住権をお持ちとの事…豪州の永住権は、それなりの経済力・英語力など揃っていなければ難しいはず、尊敬しちゃいます。
    私たち夫婦には手が届きません(笑)

    私は息子が20歳になったとき、どちらの国籍を選ぶかは本人の意思に任せたいと思います。が、世界的に見て「日本の国籍は、いったん手放すと再取得は非常に難しいよ」とは教えるつもりです。

    私は今までのコメントの中で、何度か「地球人」という言葉を使ってきましたが、昨晩夫に「一度世界に出てみたら、地球人なんていないってことに気づくよ。梢にとっては悲しいことかもしれないけど、やはり国境というものは存在する。ひとつにはなれない。」って言われてしまいました。がーん。

    カルチャーショックは、こんなもんでは済まないのでしょうね、きっと。私に関しては「自分は日本人だ」っていうプライドが強くなるはずって言われました。中国人に間違えられたりするけど、そういうのにも敏感になるって。不思議…。

    daboさんのご長男は、いずれ日本に来られるんですか?^^

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    それなんです。一神教的父性原理が幅を利かせているオーストラリアで教育を受けて成長したうちの子供たちが、自分が所属する集団の均衡・協調を重視し、自己主張はなるべく控える「場の論理」に立脚する母性原理の社会である日本で、社会人として使い物にならない人間になるであろうことは容易に想像できました。
    それじゃあ、親元を巣立ってからの、子供たちの長い人生、仕事をして、家庭を持って、子供を育てて、機嫌よく余生を送るのに、何が必要かと考えたら、
    まず英語、コミュニケーション力、得意分野のスキルもしくは専門知識であろうという結論に達したわけです。
    それを踏まえて、限りある資源を投入する分野を決めてきました。
    それでも、うちの子たちは、お寿司にマヨネーズはつけませんし、お寿司を食べるときにコーラを飲んで、「うめェー。」とは言わないので、味覚は昭和の日本人みたいですよ。

  15. SECRET: 0
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    その「地球人」ですが、言葉を替えれば「国際人」。なにかそういう特殊なそして「かっこいい」人たちが世の中に存在するような錯覚があるんですね。でもそんな人たちはいないし、そういうカテゴリーも存在しない。でも海外に出るといいことが起きるようなそういう期待を持つ人は少なくないんですね。こういう私でさえそうです。(笑)

    今まで書かなかったことがありますが、私が重要視するのは「帰属意識」かもしれません。「日本人」ってなんだ?ってところです。

    私はやっぱり考え方が右に傾いているようで、またそういう考え方で子供達を育てましたから、「もし戦争が起きたらどうする?」という質問に対しては「必要があれば日本人として戦う」という答えが返ってきます。戦争を美化したり率先してその方向へ持っていくような人間では困りますが、万が一の時には「戦争反対」を叫んでも何も起こりませんし、皆で最前線へ行き手を広げて「やめてくれ~」なんていうのは、警官がどろぼうを追いかけながら「逃げるな!」というのに似て、どうなることでもないですね。

    この帰属意識を私は子供達に欲しいと思っていまして、それが自分の苗字に関係する家族であったり、あるいは勤める会社であったり、そしてもっと大きな枠の国であったりするわけです。この帰属意識なくして、自分がどうにか生きていければよいという考え方を持たないで欲しいと常に願っていました。多分この考え方は古いと思うのですが、私の大事にしたい部分です。

    逆を言えば、個人が個人として生きていくのであればどの国でもどうにでもなると私は思うんです。周りを見渡してもみんなどうにか生きているわけで、親としては子供が自立できることをいの一番に望みますが、実はそれは大して難しいことではないと思っています。大事なのは「何を大切に生きるか」というところで、その大切なものの中に家族や友達、会社、同僚、地域社会とかあると思うのですが、そこに「日本」があって欲しいのです。

    これはアイデンティティと深いかかわりがあると思うのですが、私の今までの環境の中で二世三世が多くいまして、彼らを観察しているとそれぞれかなり大きな違いがある。また言語に関してもそうで、日本語を全くしゃべれない、当然読み書きも出来ないのが多数ですが、中には英語より日本語が得意なアメリカ生まれもいるんですね。帰米二世というのをご存知でしょうか。アメリカ生まれ、アメリカ育ちですが、太平洋戦争をきっかけにして日本に帰った日本人も多いんですね。で、日本で教育を受けそしてまたアメリカに帰ったような日系人たちが大勢いる。彼らは日系人部隊としていまだに彼らが獲得した勲章の数を超える部隊がないほどアメリカ人として活躍した人たちの対極にあります。つまり、あのときに、アメリカのために死ぬことを選んだ日本人と、日本を捨てることができず日本に帰った人もいる。この差って非常に大きくて、彼らの心の中の葛藤も半端ではなかったと思います。「ザ二世」という本がありますが、そこにそれが良くあらわされていると思います。

    で、私としては自分の子供達は日本の為に戦うような子供にしたかったということです。

    これは戦争に限らず、日ごろの生活の中でもそうですし、企業活動の中でもそうで、日本に敵対する立場をとったり、あるいは無視するような日本人であって欲しくありません。

    言葉を替えれば、「海外育ちの坂本竜馬」を目指していたと言っても良いかも知れません。海外に出ると日本が良く見えますし、また日本がどういう方向へ行くべきかも冷静に考えることが出来る。これって非常に大事で、それを「日本の為」に使えるような人間であって欲しいといまだに思っています。ただ坂本竜馬みたいになるのは無理にしても、彼の周りには彼を支える人たちが大勢いたはずで、少なくともその一員であって欲しいと思うわけです。

    自分が一人の人間として生きるのは決して難しくありません。またこれは男にしか理解できない発想かもしれませんが、誰の為に生きるのか、どこでどう死ぬのかを常に考える傾向があると思います。生き残れば良いってもんじゃなくて、どう生きるのか、どう死ぬかが非常に大事だと思っています。そしてそのときに「日本」は切っても切れない国であるということ。それを子供達に植え付けたいと思っていました。

    ただ、今の時代、俺は会津だ薩摩だという人はいないわけで、そういう国の概念も変わってくるのでしょうね。

    それと思い出したことですが、子供達が小さいころから、我々はいつか日本に帰るぞと言い続けて育てました。だから日本語が出来ない、日本の常識、考え方がわからないなんていうのじゃ生きていけないぞと。子供のころは親とくっついて移動するのが普通で、大きくなると自分は自分の道を行くと考えるようになりますが、そうなる前に日本を彼らの中にしっかり植えつけることが出来たのは私の作戦勝ちかもしれません。(笑)

    子供達はまだ学生ですが、仕事があれば日本でもどこでも構わないと言ってます。ただ私が日本の企業風土を好きではありませんし、その話は小さいときからしていましたし、また近年のリストラじゃサービス残業じゃ、過労死じゃとそういう日本の姿を知っていますので、彼らは日本企業には就職したくないと言います。とは言うものの、長男は日本で就職しようとしている様子。次男坊はオーストラリアでまずは実績を積むのが先で、日本に行くときにはその分野のエキスパートとして行きたいと言っています。

    でも二人とも口を揃えて言うことは、オーストラリアで生活したほうが人間として幸せになるということ。

    どうなるんでしょうね。こういう私でさえ、どこでどういう最後を迎えるのか全く想像もできませんし。

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    ちりとてさんの書かれたことは良くわかります。このブログでも私はいつも日本的な「村社会」に関していつも文句を書いている通り。(笑)

    ただ現実の社会、特に若者の社会ってかなり変わってきているのがこちらにいる私にも見えてくるものがあって、昔から言われていた「日本人はディベートができない」というのも年寄りの世界には根強いですが、最近の「出来る」若者はもうそんなことは超越していると思っています。これは「個性」の考え方にも通じているわけで、ちりとてさんの書かれた日本的なものはどんどん日本では(良い意味で)薄れて行っていると私は思っています。

    では逆に欧米社会はどうかというと、これはこれで対極であって、行き過ぎている部分があるわけです。個人主張は凄いけれど団体行動が苦手。こちらの学校でも会社でもチームワークをヒジョーーに大事にしますが、これはまさに彼らが苦手とすることだからだと思っています。

    やっぱりそれぞれ長所欠点があるわけで、二者択一で解決することじゃないというのが私の考え方で、だからこそ日本と欧米社会と両方知っている子供達の出番があると思うわけです。

    日本は駄目だ駄目だと言われていますが、日本では「現場の力」が非常に強い。でも経営者はアホみたいなのが多いような気がするのですが、私は日本を支えているのはまさに底辺の働く人たちの力であると思っています。そしてその背景には「村社会」「没個性」「全体主義」があるのですが、それらの悪い面ばかり見たら駄目で、良い面もたくさんあるということでしょう。

    だから今まで、あるいは今でも「日本的なもの」を重要視する海外の経済学者も少なくないんだろうと思っています。日本的経営、あるいはQCにしても日本の「村社会」が生んだ、あるいは育てた良さは海外に広がっていますし、異なる価値観の中でよいところだけ取り出して融合させることができる能力、これこそが「海外育ち」に大いに期待できることだろうと思っています。

    でも、そんなのは海外で育つ必要はなくて、でも海外を知らない人には理解が難しいことでもあるわけで、だから世の中のエリートと言われる人たちは海外で修行させられるのでしょう。そして初めて、あちらでもこちらでも使える人間になるのだろうと思っています。

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    ああ、うちは移民なんでしょうね。
    戦争があったら、子供たちに日本人として戦って欲しいなんて考えたこともありません。
    子供というのは、神様からうちに預かった存在で、一人前の社会人として、社会に巣立たせるまでが親の仕事と考えていて、こうしたい、とか、こうなって欲しい、なんて強い思い入れもありませんでした。
    (自分自身が、親の思う型枠にはめられるのが、ものすごく嫌だったからかもしれない。)
    ただ、あの子達が生まれた頃の、オーストラリアで日本を紹介するテレビ番組なんかがひどくて、日本を紹介するといいながら、BGMは中国のものだったり、「これはスモウレスラーですよォ。」と子供たちに絵を見せているんですが、その絵のお相撲さんのまわしが前後ろ反対だったり・・・。
    情報を発信する側が、日本を”へんてこなもの”と捉えて発信するから、受け取る側は当然”へんてこなもの”として受け取る。
    子供たちに、自分たちのルーツが「へんてこなもの」と思われちゃかなわないから、基本的な日本語と日本文化的なものは親が教えたつもりです。

    daboさんは、必要なお金は稼ぐという人だから、限られた資源という感覚はお持ちじゃないでしょうが、一般的には、決まった収入をやり繰りしている家庭が多いと思われます。
    海外で子供を育てる場合、日本語の習得と維持にかなりの<時間とお金とエネルギー>が必要だということは、これから海外での子育てを考えている若いご夫婦に知っていただきたい。
    その上で、そういった要素を何に振り向けるのが子供の幸せにつながるのか、お父さんお母さんで真剣に話し合っていただきたい。

    最近、子供の日本語の習得にかなり熱心だったママ友の、18歳になるお子さんが、本人の意思で、日本ではない外国に1年間の予定で出て行ってしまいました。
    そのママ友は、
    「この一年で、あの子の日本語はダメになると思う。
    そうなったら、わたしの今までの努力と時間を返して!と言いたい。」と叫んでいました。
    親が、希望を持って注いだものが、必ずしも報われるわけではないことも、含んでいただきたい。
    これは、何も海外の子育てに限ったことではありませんが。

    daboさんの成功例を強調すると、また海外子育て憧れ組みが増えちゃいますよ。

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    まぁ世の中の人間は皆考え方も生き方も違うわけですが、我が家は男の子ということもありましたし、私自身が現代でも「武士道」の考え方は非常に大事だと思っていますので、自分がただ生き延びれば良いと言う考え方は皆無で育てました。大事なのは志であり、理念であり、あるいは家族であり同胞であり日本であり、またあるいは世界であり宇宙であり、生きとし生けるもの全てを守る「行動力」が大事であると考えています。で、その行動力の裏づけになるのは何かというところ。

    ただ自分の理想の通りに育てることが出来たかどうかとなると何度も書きますが答えはNOで、そして世界中のどの親も子供の育て方を後悔したり失敗したと思う者はいないのと同じで私自身も失敗したとは思っていません。この辺が微妙なんですね。詳しいことはなんでも開けっぴろげで書く私でさえ書けないことがたくさんあります。

    そしてまだ子育ては継続中で、きっと私の親ももう60になろうとする私に対して同じ感情を持っていることでしょう。終わりは多分ないのでしょう。

    ただ私は人間の能力に関しては「限られた資源」という考え方は全く持ってなく、自分自身が育つ中でもそれは実感していました。水に例えれば水道管の太さと圧力によって流れる水の量が変わるわけですが、人間の脳の凄さはこの水道管の太さと圧力で言えばどうにでも変わると思っています。それは悩み続けること、考え続けることによってその能力はどんどん大きくなるはずで、まさに学校の教育、特にオーストラリアの教育はそれですよね。知識を詰め込むのではなくて考えさせること、問題解決能力をつけるのが基本なのが良くわかります。

    勉強そのものも何時間掛けても覚えられない子もいれば、本でも一度読めば内容を全て理解してしまう子もいるし、その違いはなんなのか、子供の英才教育も含めてあの手この手を模索してやってきました。でもそれでも私の目標に達することはありませんでしたが、何もしなかったよりかは多分良かったろうと思っている程度。

    ま、どちらにしても子育ては簡単に行くことはないし、これは国内も海外も全く同じで、海外に出れば何か凄いことが起きるどころか、失うものもあるという点をこの日記では強調したかったです。

    正直なところ、子供の教育に限らず大人の第二の人生を求めるのも同じで、海外に出る=何かから逃げる、というのが見え隠れしているように感じることがあります。でも逃げ切れることはないというのが(細かいことは書けませんが)私の実感です。

  19. SECRET: 0
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    感動…(T=T)
    なにがって、息子さん方の返答です。感動、の一言。

    「道士郎でござる」っていうギャグ漫画があるのですが、息子を「日本人」に育てるためにあえてアメリカに行った父親がいて、成長した息子(道士郎)が日本で暮らしている母親と兄に、数十年ぶりに再会ってところから物語が始まるんですけれども。

    道士郎は武士そのもので、日本で育った兄は今時のチャラ男って感じの設定です(笑)けっこう、面白いです!

    「ザ・二世」面白そう…!!
    探して、読みます!読む責任がある気がする><

    「地球人」に関しては…
    私の中では「かっこいい」というカテゴリーではないんです。
    なんていうか、私は「日本に生まれた」というより、大きい宇宙の中の「地球に生まれた」と思っていて…たまたま肌が黄色くて髪が黒くて童顔だっただけで、私が何人であるかなんて小さいことって、思っていて。人間は人間、みたいな。どこに住もうが自由だし、その土地その土地で何かしら吸収できたら良いな~と。

    でも悲しいことに世界には国境があり、「自分はどこに属しているのか」考えなくてはならない。戦争の時に「何人として戦うか」考えなくてはならない。それが現実みたいですね。

    子供みたいな事を言いますが、私はアメリカ人にもフランス人にも韓国人にも日本人にも死んで欲しくないです。戦争で傷ついて欲しくないです。綺麗事に聞こえてしまうのでしょうが(;_;)
    目の前で敵国の赤ん坊が泣いていたら母乳をあげてしまうと思います。やれやれです(笑)

    >海外に出ると日本が良く見えますし、また日本がどういう方向
    >へ行くべきかも冷静に考えることが出来る。これって非常に大
    >事で、それを「日本の為」に使えるような人間であって欲しい

    この部分が、daboさんと同じ考えです(^^)゛
    海外で客観的に学び、いつか何らかの形で母国に貢献できる子になってくれたら嬉しいです。

    ちなみに私も、日本のサラリーマンは働きすぎって思います(笑)夫を見ていて痛々しい毎日です(笑)

    夫の兄2人は、それぞれアメリカとニュージーランドの帰国子女ですが、アメリカで育ったほうはアメリカの会社に就職し、現在は日本支社に勤めていて、ニュージーで育ったほうも現在は日本ですが、やはり日本社会に対しての愚痴が止まらない様子です(笑)

    夫は「日本で社会人やってて思ったけど、友達をつくりにくい、なんか壁がある」と寂しそうに言っていました(^^;

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    でもねぇ、息子達の返答ですが、子供って何を親に言えば親が喜ぶかちゃんと知ってますからね~。本当のところはわからずです。というか、やっぱり時と共に変わるようでその辺は見逃さないように見張ってます。(笑)

    ああ、地球人に関してはそういう意味ですね。わかります。私もそれはその通りだと考えていて、「我々は宇宙人である」なんてのが私の持論だったりして。人間だけではなくて、なぜ牛や豚、鶏に涙を流す人がいないのか、どうしてペットの犬や鯨の命なら助けるのか、そんなことをいつも疑問に思っています。^^

    日本の生きづらさってなんなんでしょうね。日本生まれの日本育ちの私でさえそれを感じるのですから。私としては日本の「本音と建前」「物事には裏と表がある」という価値観が理由だと思っています。でも日本のそういう価値観が日本文化形成の根底にあると思っていまして、これのない(少ない)国々の人たちには物足りなさを感じるのも事実。心のヒダヒダが違う(場合によってはそれが無い)と感じることもあるくらい。

    だからどちらを選ぶかじゃなくて、価値観を融合させることのできる能力が大切だろうと思うわけです。

    フュージョンだぁ~~。(笑)

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