悪魔の選択

さて、私としては福島市、飯舘村はかなりの累積放射線量になっているのはもうすでに発表された様々なデータからまず間違いがないと思っています(推進側の IAEAでさえ飯舘村は避難させるべしと言っているのは皆さんご存知の通り)。で、もし自分が菅さんならどうするか考えてみました。

まず、放射線がどれだけ危険かですが。

1 放射線は微量でも危険。
2 放射線はさほど危険ではない。

この二者の主張にはかなり大きな隔たりがあり、どちらを採用するのか判断は簡単ではない。ではそれぞれがどの程度のことを主張しているかというと。

1 世界的なコンセンサスとして一般人は年間1ミリシーベルトが許容限度とされている。それを基準にして国内法でも1ミリシーベルトを上限とする法律がある。また、放射線量の多い区域は放射線管理区域として設定され、出入りの自由は制限され、被爆量の管理、健康管理をしなければならない法律がある。この基準値は3ヶ月で1.3ミリシーベルト。これとは別に原子力関連の作業従事者は年間20ミリシーベルトと定められている。ただ緊急時の場合には100ミリシーベルトとなっており、それが今回250ミリシーベルトまで上げられ、今、原発の復旧に働く人たちはその数値を基準に被爆量が管理されている。そして今現在、多くの住民がそのレベルと同じ状況下に放置されている。

2 治療が必要なほどの被爆量とはかなりの量であって、100ミリ、200ミリは非常に少ない被爆量で、その数値で治療が必要になった例は世界にも無い。これに関しては3月21日に発表された京都大学渡邉正己教授の意見を参考とする。

 「国際的な報告書では年間100~200ミリシーベルトという低い線量域での影響を測ることは難しいとされます。低い線量でも健康に害を与えると仮定しても、発がん率はおよそ100人に1人。放射線の被曝がなくても100人のうち50人はがんになるので、あまり影響はないと予想されます」

その記事 ← クリック 

御用学者や推進派の多くにこの考えが見れる。

さて、政府としてはどちらを取るべきか。

1の考えを採用し、避難させるとなれば国民の安全はかなり確保できるはず。ただ30万人の住民を避難させるのはパニックになるだろうし、受け入れ態勢も出来ていない。また避難することによる重病人の死者がでるであろうことは、今までの避難実施でわかっていること。30万人の中で数百人の死者が出ることが予想される。この死者に対する保障も必要になるだろう。また、避難が直接の原因ではないにしろ、病人の通常の死も避難が原因と言われる可能性がある。30万人の住民を避難させるにはどのくらいの金がかかるのか。避難する期間にもよるだろうが、1千億円は軽く超えるはず。また30万人規模の商圏が消えることによる経済的ダメージも計り知れず大きく、その保障を政府、東電がしなければならず、トータルでは数千億という金額となるだろう。それだけの金と時間をかけて住民を守っても、結果的に何も無かったとすれば避難しなかった場合と比べることも出来ず、政府自治体の莫大な支出、住民や地域の精神的経済的なダメージ。それらに関して後に政府は徹底的に追及されるはず。

2を取り、避難勧告をしないとどうなるか。今現在かなりの放射線量にはなっているのは間違いがないものの、「直ちに健康に影響があるレベル」ではない。つまり死者もでないし、脱毛、嘔吐、白血球の異常も出るレベルではない。つまり将来的なことを考えなければ、このまま放置しても目に見えた障害が出るような住民はいない。では将来的に癌が増えたにしても100人に一人増えるレベル。つまり30万人の住民なら3000人が原発事故の犠牲者となる。しかし、人間が癌で死ぬ率はほぼ50%で15万人が癌で死ぬであろう将来に3000人がプラスされてもさほど大きな影響とは言えない(上の京大の学者様の意見)。また本当に放射線が原因で癌になったのか立証は難しいはずで裁判になっても政府は負ける可能性が少ない。もし子供の甲状腺癌が増え、他の地域より極点に発病率が高ければ裁判になった場合、政府が負ける可能性はある。ただその時に払わなければならない賠償金は100億にも満たないだろう。今、政府が抱える問題は原発だけではなく、地震津波による被災者がはっきりしているわけでそちらの救助、援助、そして復興に注力するべきであり、将来予測不能な犠牲者に対し数千億円の支出をするべきではなく、その予算があるのなら現在の被災者、被災地域に向けるべき。物事には優先順位があり、かつ全ての人を助けることは出来ない。また、甲状腺癌が増え騒ぎになるにしても5年以上先であるし、裁判の結果、つまり政府の責任がはっきりするまでには10年、20年と掛かるはず。つまりその時には我々(政府)はもういない。

さて、どちらの策を取るべきか?

これは農産物海産物の放射能汚染に関しても同じで、1と2のどちらを取るかで答えが変わってくるはず。

1の考えかたでは、放射能で汚染されているレベルをしっかり測定し、生産者の心情も理解したうえで、国民の食の安全を確保するために食べないほうがいい食品をしっかり特定する。そして汚染食品と認定されればそれらが市場に出回る前に買い取るか破棄させ保障する。また極度に汚染された農作地での栽培も認めてはならず、それの保障もする。

2の考え方では、放射能汚染された食料を食べてすぐ死ぬわけでもなく、危険であることを強調する必要も無い。危険を言う論調は「風評である」と決め付けて押さえ込めば国民もそれを支持するはず。とりあえず、農産物の放射線量を測るときには「水でまず洗ってから測定すること」を決め指導しているので、計測値はかなり低くなるはず。

さて、どちらの策を取るべきか?

正直なところ、自分が政府側であったとしたらどうするべきかの答えは簡単に出ないと思います。しかし、私が菅さんだとしたら、一段落ついたところで自分は議員さえもやめるから、ここは1を取らせてくれと頭を下げたい。でもそれは為政者としてあまりにも感傷的すぎるのかも知れず、やっぱり自分でもどちらを取るべきかはわからない。

ただ言える事はこれは政府・東電だけの責任ではなくて、その数千人が将来この原発事故で重大な病気になり死ぬかもしれないことを我々国民がどう受け止めるかということだと思うのです。そんなに金が掛かるのなら将来のことなんかわからないのだから目をつぶれと政府に言うのか、それとも金で人の命を計るなと言うのか。これを突き詰めて考えると、私は選挙権さえ返上したくなってきます。私の中の悪魔は目をつぶれと耳元でささやいていますから。

こんな時に思い出すのが、前の大戦後の朝鮮から引き上げてきた人の言葉。「被災者の「疎開」を一刻も早く組織的に」

「「私たちのような朝鮮からの引き揚げ者は民間人だけで72万人に達した。さらに言えば海外からの引き揚げ者総数は軍人・軍属が310万人、民間人は318万人で合計628万人に達する。この巨大な人口をおなじく戦争の惨禍に打ち拉がれた祖国が一手に受け入れて、そして国民が一丸となって復興に立ち向かったのである。この時の状況に比べれば、今回の震災被災者を西日本をはじめ被災地周辺の府県が受け入れるなんて児戯に等しいものである。」

「被災者の「疎開」を一刻も早く組織的に」

物事には妥協点ってのがあると思うんですよ。せめて妊産婦、子供に対しては自主避難勧告を出すとか。また政府は1の考え方を採用しずらい状況を理解して、住民が自ら行動を起こすとか。しかし、有馬温泉に浸かるだけで6mSvを超えるという報告もあり、それなら20回入ったら大変なことになるわけで、法律は別にして事実はどこにあるのかわからず。

皆さんが政府だとしたらどうします?

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