光と影

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ドロドロしたものって間違いなく存在するわけだけれど、そのドロドロが嫌いな人って多いですよね。

私?実はそのドロドロが結構好きなんですよ。

物事には常に二面性、多面性があると思うんですわ。光と影、裏と表、本音と建て前、陰と陽とか。そしてその両方が合わさって一つの物が存在するのであって、片方だけってのはあり得ないんですよね。

で、その両面を知り理解した上で、そのものに価値があるのかどうかってのが大事なんでしょ?良いところだけ、悪いところだけ取り上げて良いの悪いの言ってもしょうがないもの。で、一般的な傾向としては良い物だけに焦点を当てて、悪い方は無視するでしょ。私もそうです。だからこそ、あえて影の部分に気を向ける事が多いです。

面白いのは、みんなが見たくない、知りたくないその影の部分に結構真実があるってことなんですよね。日馬プレスの記事にそれを感じました。また、仕事で言えばそこに儲けのネタがあるなんてのは毎度のこと。

どんな会社にも苦情係っていますよね。カスタマーサポートでも何でも良いんですが、あの仕事を嫌う人が多いけれど、私は大好きなんです。その会社の良いところ、悪いところ全部わかるのがその部署。客が望んでいるのは何かがわかるのもその部署だけと言っても言い過ぎじゃないくらい。

だからドロドロを嫌うのではなくて、そのドロドロとどう付き合うのか考えてそれを自分で繰れるようになる必要があるといつも考えています。嫌いな物に蓋をして、それが存在しないことにしちゃったら、自分は真実を知ることが出来なくなるって事ですよね。これって恐いことだと思いません?仕事の上でもそれをよく感じます。自分の商品、サービスの良いところばかりを言うのは自分一人で、世間はそうは思っていない、なんてね。だから失敗しても首をかしげるばかり。売れない理由もよくわからない。

おとぎ話の中に住んでいるわけでも無いし、好き嫌いは横においといて真実を知る必要がある。そしてそれをすることが嫌いな人が多いから、結果、真実を知るのは少数となる。てなこともあって、仕事ならそこに利潤を見いだすことも出来るわけですよね。

きよ店長さん、ドロドロの中にこそ宝があるんですよー、なんてことも書いちゃったりしてみます。^^;

他人と違うことをやれ、って良く言われることですが、それってまさにこれだと思います。逆転の発想もそれ。

相場の格言で大好きなのがあります。

人の行く裏に道あり 花の山

私の人生はまさにそれでした。裏街道専門。 www

善と悪ってのもそれと似たようなことがあると思っています。ペアで一組。また、何が善で何が悪なのか、本当に簡単にわかることなんでしょうか。よくよく考えてみるとどっちがどうだかわからないなんてことはないですか?

好きなことが善で、嫌いなことは悪。

人間の善悪の判断って後先が逆で、意外とこんな程度じゃないかと思うことも多々あります。

で、またボランティアに話を移しますが、ボランティアは善だと簡単に考えるべきじゃないと思っています。相手の為に、相手を主体と考えて行う行動がボランティアであって、自分がやりたいことをやって自己満足してるのはボランティアじゃないでしょ?困った人を利用しているただのナルシストになりたくないですよね。

私の友人にこういう人がいます。その人は一生懸命ボランティアに打ち込んでいるんですが、その人にどうしてそこまでやるの?と聞いたことがあります。

人生は修行の場。ボランティアを通して自分の魂の霊格をあげるんです。

との答え。この言葉は宗教をかじった人が良く使う言葉ですが、その友人からそれを聞いたときに、私は付き合いを考え直そうと思ったくらいです。相手不在のボランティア、自分のためのボランティア。そこまで自己陶酔できるものなのかと、背筋が寒くなりました。

随分前ですが、災害救助の場面をテレビで見たときでした。救助員が一人の命を助けた場面で、見てる人みんなが拍手喝采をしたところで、その救助員が言いました。

たった一人しか助けられなかった

彼はそう言って泣くんですよ。私はその言葉に心を打たれました。この人は本物だと思いました。

ボランティアが自分のしたことを宣伝したり、満足したり、自慢することって無いんだろうと思います。ボランティアって際限がないはずです。やってもやってもまだ足りない。いつになっても終わらない。満足する事以上に、もっと出来ない自分に歯がゆさを感じる。ボランティアってそんなことばかり考えていると私は思います。

だからいつも思うわけです。自分のやってることを自画自賛する人はボランティアではないと。その人は自分のためにやっているだけ。しゃべればしゃべるほど、ナルシストにしか見えてきません。

でもやらないよりやったほうがいいよねぇ、なんていう人も多いですが、私はそうは思わないんです。多くの宗教家が自己陶酔の固まりになっておかしくなっていくのを私たちは何度となく良く見ていますが、それと全く同じ危険がそこにあるってことだと思います。

無償の愛。素晴らしいと思います。自分の子供を心配するように、世界の反対側で死んでいく子供達を心配できるようになれるものなのでしょうか。

自分の親を心配するように、マレーシアに、オーストラリアに渡ってくるお年寄りに接することができるのでしょうか。

人間は弱い生き物だと思います。ましてや暇になればなるほど、自分の存在価値を見いだせなくなって、何かをしたくなる。あるいは自分が感じる幸せを確認するために、他人にも同じ事を押しつけたくなる。そこに生き甲斐を感じて、成果を自慢する。まさか自分は自分のためにやってるなんてことには気がつかない。

それを感じ取って批判する人がいるわけですね。私もそういうタイプ。黙ってやらせておけばいいものの、自慢話を聞くと腹が立って一言言いたくなる。大体そういうタイプは悪党タイプが多いのが世の常だと思うのですが、私は悪党って可愛いと思うんですよ。悪党って少なくとも自分は悪いことをやっているっていう自覚があるんですね。

でも、自分が善を行っていると信じている人は、自分を疑うことがない。

とご託を並べている横で、水が無くて死んでいく人もいるし、見知らぬ海外に来て困ってる人もいるわけですね。理屈はどうでもいいから助けてくれと言っているわけです。

ということで、できることがあれば私もやらせていただいています。^^v

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光と影” への2件のコメント

  1. SECRET: 0
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    う~ん、難しい・・・。
    ボランティアって確かに相手が見えていなければ、ただのおせっかいになっちゃうでしょうね。でも自己満足でも何でも、自分にとってもプラス、有益になるものがあるから、自分の時間や労力を提供するものでもあるような?
    ボランティアする方が一方的に与えるのではなく、ボランティアする方もされる方も何かしらプラスになるものがあってこその人間関係だと思います☆
    でもボランティアしてもらって、その代償が自慢話なのはイヤだな・・・。

  2. SECRET: 0
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    仰るとおりだと思います。双方がプラスになる形って何かありそうですね。そうじゃないと続かないし、苦行をするようなボランティアじゃ・・・・・

    でも最近の日本を見ていると、ボランティアの数って増えてますね。特に介護関係のボランティアが増えてる。良いことだとは思うけれど、聞いてみると行政に問題が山積みだという現場の声。

    自分が生きていくのにも大変なのに、頑張ってる人たちがいるのは凄いことだと思いました。

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