偉そうに・・・

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オーストラリア人って明るくて楽しくて、そして本当に優しくて良い国だと思うんですが、たまに、どうしてこうも偉そうに話すのだろうと思うことが少なくないです。

これは前の記事に書いた捕鯨のこともそうだけれど、自分の意見をはっきりいうのは良いけれど、あまりにも断定的なんですね。自分で自分の意見に疑いを全く持っていないように聞こえる。

で、面白いのは、オーストラリア人の中にはアメリカ人が嫌いな連中って結構多いんですが、その理由を聞いてみると笑っちゃいます。あいつら、自分が一番だと思っているから、ってのが多いんですね。私はそこに嫉妬とか劣等感があると思うんだけれど、またそれは次の機会に。

実際に、外人ばかりのパーティーがあったとして、そこにアメリカ人が混ざっているとやっぱりわかりますね。態度が大きいの。たとえば座り方も違うんですね。日本で言えば正座するとか、椅子に腰掛けても足を組んじゃいけないとかあるでしょ。そういう意味で、アメリカ人はリラックスしすぎなので、一目でわかる。声も大きいというか、パフォーマンスが大げさ。

でもこれもまさにあの多民族国家で、いかに自分をアピールするかというのが大事な国だから、ああなるのもわかるような気がする。オーストラリアもそういう意味では同じで、日本人みたいに大人しくしていると、こいつら何も考えていない、と思われてしまう。仕事でもそうですね。自信満々、あれもできるこれもできると大げさに言わないと何も出来ない奴だと思われちゃう。実際に、自己表現をはっきり出来るように学校でも教育してるし。

態度の大きさに関しては、私はオーストラリアはまだ良い方だと思うのですが、びっくりしたことがありましたっけ。対人赤面症じゃないにしても、恥ずかしくて赤くなるなんてのは日本人が得意するところですが、そういうオーストラリア人にあったことがありました。うーーむ、こういう書き方をしても日本にいる人にはピンと来ないかもしれませんね。つまり、アメリカ人もオーストラリア人も恥ずかしがるとか、赤くなるなんてことはそれまで一度も見たことがなかったんです。

買い物に行ってシーツや枕だとか大量に買った時のことなんですが、私の車には全部積み込めない量だったんです。そうしてら、売り子が、私が帰るときに持っていって上げます、っていうんですよ。いわゆる店が当然行うサービスとして配達ってのがありますが、そういう感じじゃないのね。個人的なサービスみたいな雰囲気でした。で、夕方彼女が持ってきてくれたわけです。日本では配達なんて当たり前だけれど、こっちは当たり前ではないので、丁寧にお礼を言って、チップを渡したんです。こちらにはチップの習慣は皆無なんだけれど、何もしないわけにはいかず、他にお礼のしようが無かった。

彼女はそれを受け取ろうとしないんですわ。いらない、いらないと言うけれど、こっちも出したものは引っ込められないので、無理矢理渡したわけです。そうしたら、

顔面、真っ赤っか

白人があれほど真っ赤になるなんて、初めての経験でした。そのようなアメリカ人はまず見たことが無かったし、日本人に似ているそのオーストラリア人を一度に好きになっちゃいましたわ。ただ、これに関しては日本式の恥ずかしいじゃなくて、まさに恥だと感じたのかもしれないので無理強いも良くないかと・・・

まぁ、こんな感じのことは結構あるんですよ。また、椅子に座るときに、スカートで膝小僧を隠す動作。今時日本でそんなことをする若い女性はいないような気がするんだけれど、オーストラリア人はやるんですね。

そんな感じだから、アメリカ人がオーストラリア人の中に混ざっていてもすぐわかる。

うーーむ、これは単にゴールドコーストが田舎ってことで、アメリカも田舎に行けば同じかな。

偉そうにしゃべるという点で、忘れちゃいけないのはあのアジアの大国の方々ですよね。同じアジア人だから多少は似てるのかと思うけれど、まるで違う。自信の固まりという意味では、アメリカ人、オーストラリア人より上を行ってるかな。こんなおしゃべりな私でも、だいたい聞き役になるケースがほとんど。彼らと議論したことがないかもです。馬の耳に念仏。暖簾に腕押し。豆腐にかすがい。糠に釘。まぁ、何を言っても無駄。

その点、韓国人は日本人に似てるところがあるかな。プライドの高さには負けますが・・

まぁ、愚痴も含めて書いていますが、今になると思うのは、自分を理解してもらうには黙っていてはいけないってことなんですよね。わかってくれるだろうとか、そういう期待をしても無駄。また、彼らの自己主張、話し方が気になる私自身がまだまだディベートに弱いのかもしれないなんて思いますわ。あれにいちいち腹を立てる私の方が変なのかもしれない。相手が変に見えるときには、自分が変だからってこともあるしなぁ。だいたい、ディベートとはどちらが正しいかはっきりさせる行為であって断定的なのは当たり前かもしれないし、日本の議論とは一緒に考えて答えを探しましょうよ、って感じで、根本的に違うんですよね。福田総理を思い出しちゃった。 www

うーーーむ。しかし、好きな人に何も言えなくてうつむいたり、嫌いな人間に誘われてもにっこりに笑って、またね、なんていう日本のがいいなぁ。やっぱり、物事ははっきり言えば良いってもんじゃないですよねぇ。

そうそう、イギリス人の友人が、イギリスはアメリカやオーストラリアと違って謙虚であることを尊重するって言ってました。何かというと金を握らせて、自分だけ優待してもらおうとするアメリカ人は軽蔑に価するそうです。自分だけいい思いをしたくて特別扱いを願い出ると、逆に悪い待遇をするなんて事も言ってました。オーストラリアにはイギリス思想の影響が強いですから、その辺は似てるところがあるかも。フェアであることが何よりも大事だと、ウソか本当かは別にしてオーストラリア人は良く口に出しますわ。もめ事がある時に、よく聞く言葉が It’s not fair!

と、言いつつ見つからなければなんでもやっちゃう、ってのは日本人より上。日本人の良さって、倫理観の高さかもしれない。もしそれがなくなったら良いことないかも・・・・・

という、毎度の支離滅裂な与太話。

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