今日は「Xデイ」。電気は止められてしまうのか?どうなることやら・・・

私達が借りているコンドの部屋ですが、電気料金がイヤに安いのでおかしいなぁと思っていたのが、実は「メータを改ざんしてある」のがわかった。

それに関しては前の日記に書きました。「「電気代」をちょろまかしているだろうって?電気を止められてしまう。」ここをクリック。

誰がそんなことをしたんでしょうねぇ。オーナーがやるわけ無いとは思うものの、この部屋のオーナーって中華系のクソ大金持ちなんですが、かな~~~りのケチで細かいのね。だから彼が指示してやらせた可能性はあるんじゃないかと思うのですが、調べればわかるようなことをやりますかねぇ。でもオーナーはこのコンドに部屋を複数持っていて、この部屋は常時使う部屋ではないから、メータのところの回線を切っておいたなんてことも考えられなくもない。

このオーナーってケチで細かくて、でも「俺が俺が」の凄い人で、こういう人だから金儲けも上手いのかなと思うんですが、そういうオーナーですから私は直接彼と話をするのを避けるようにしています。今までも何度も「丸め込まれる」ことがありましたから。

家具付きで借りた部屋ですが、ベッドの入っていない部屋があるんですよ。シングルベッドで良いのですが、オーナーは「ごめんごめん、すぐに入れるから」と言うんですわ。でも彼はケチで家具もろくでもないものばかりですから、変なベッドを入れられるのは簡単に想像がつくんですね。だからこういったんです。「ベッドは私達が気に入ったものを買ってくるから、貴方が出せる分だけはキャッシュで渡して欲しい」と。

その彼が言った金額っていくらだと思います?

500リンギ。(笑)

そんな値段のベッドってあるのか私達はわかりませんので、買い物ついでに見てみたんですよ。ところが安いIkeaでもそんな安いベッドってないのね。いや、子供用の小さな安っぽい木枠のベッドはそんな値段だったかな。500リンギってまともなベッドもマットレスも買えない値段。

一事が万事こんな感じのオーナーで、半端じゃないケチなんですわ。このコンドは280万リンギットぐらいする部屋のはずですが、全くお金を掛けていない部屋。調度品も電気製品も安いものを買い集めたような部屋。

そんな部屋をどうして借りたのか?って自分でも思うのですが、最初にこのオーナーとあった時に「大金持ちでいくつもこのコンドに部屋を持っている」と聞いていたし、「必要なものはなんでも入れる」「取り替えてほしいものはなんでも言ってくれ」みたいな人で、ああ、この人なら安心だなと思ったんですわ。

いらないものは全部持っていってもらいましたが、入れて欲しいものを具体的に話をしだした時に、このオーナーが半端じゃないケチだとわかった。でも時すでに遅し。(笑)

それに比べるとマレーシアに来て最初に借りたコンドは、同じコンドの、同じタイプの部屋でしたが、そちらのほうがはるかに調度品も良くて快適でした。階数も高かったし。でも今のコンドは前のコンドよりレントが10%以上高い。

本当に大失敗でしたが、この部屋にしたほうが良い、オーナーも良い人だしという「不動産屋さん」の言うことを聞いてしまった。でも後でいろいろ問題が出てきてその話を不動産屋さんにすると「酷いオーナーね~」なんて言う(笑)。ま、そんなもんでしょうが。

で、今回の事件(?)も私は直接オーナーに言わないほうが良いと思ったんですよ。彼が言うであろうことはわかっていて「OK,OK。何も心配ない。大丈夫だから」というのは10000%間違いがなくて、でも実際に何が起きるかわかりませんし、また丸め込まれるのがイヤでしたから、不動産屋にまず連絡しようと思いました。それとオーナー側の不動産屋にもね。

で、彼らにオーナーと話をつけて解決して欲しかったのですが、このコンドを借りている名義人の我が息子がオーナーに連絡をしちゃったんですわ。

その時のオーナーの一言。

「大丈夫、心配するな。すぐ解決するから。でもこのことは不動産屋には言わないように」

だったんですよ。

なぜ不動産屋には言わないほうが良いの?不思議でしょ?

でもオーナーには「すでに不動産屋には連絡した」と告げました。その時点ではまだ不動産屋に連絡はしていなかったんですが・・。

そしてその後は、私は不動産屋としか連絡を取らないし、間に誰か入ったほうが証人にもなるし、そもそも不動産屋が処理すべきことですよね。

でもいつになってもオーナーからも不動産屋からも連絡は入らない。どうなったのかもわからない。

でも「電気を切ります」というそのXデイは近づいてくるわけですよ。

「一体どうなっているんだ?」と不動産屋に連絡をした所、オーナーに連絡をとったようで、「大丈夫。処理は済んだ」という話らしい。

でも26日。それは今日で、間違いなく電気会社の技術者は来るわけです。そして「メーターを取り替える」らしい。

で?

一度切られた電気はまたすぐ繋げてくれるの?

それを不動産屋に聞いた所、「オーナーは、メーターを取り替えたらすぐにまた電気を繋げてくれる事になっていると【言っている】」という返事。

面白いことに、その不動産屋とのやり取りはワッツアップでやっていたのですが、彼女のそのメッセージのあとに「絵文字」が付いていたんですよ。

手を合わせて祈っているような絵文字。(笑)

これって「うまくいきますように」って意味じゃないですかね。

それってこっちが言うことで、不動産屋もしっかりやってくれないと困るんだよ~~~。電気会社に連絡してどういうことになっているか調べるとかさ~~~。

私が直接電気会社に連絡しようと思ったものの、契約者でも何でも無いし店子が連絡しても何も教えてくれない可能性は高いし、そこでややこしいことを言われても私には何も出来ないし、何をする権利も義務もありませんから、連絡を取ることはしませんでした。

さてXデイは本日。

どうなりますか~~~~。

もし電気が繋がらないようなら、最高級のホテルに泊まってそれをオーナーに請求してやろうと思っていますが、今、オーナーはオーストラリアにいるんですよ。で、メータの改ざんって犯罪で、オーナーは電気会社に行って弁明して支払うべきものは支払わないと「電気は切られたまま」になると技術者から聞いているわけです。

もし切られたままだったらどうなるのか。

その間、仕事は出来ないし、冷蔵庫に入っているものがどうなるか想像しただけでもゾッとします。

切られたままになったらブログネタとしては面白いし、それを期待している読者もいるのかもしれませんが、冗談じゃないぞ~~~~~~~。

読者の方々がワクワクするようなことにならないと良いんだけどな~~~~~~。

 
 
 

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自分の知らないところで「格差」が生まれ育つんですねぇ

ネットサーフィンをしている時に面白いコラムを見つけました。

これです。(「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由)ここをクリック。

北海道の田舎の青年が(たまたま)東大に入ることが出来て、そこで彼が気がついたことが書いてあります。大変面白いので是非読んでみてください。

彼の田舎では「大学へ行く」ということさえ考えない環境で、どこにどんな大学があるのかも知らない、自分が、友人が大学へ行くということさえ想像しない。当然、周りの環境もそれで親族、友人知人にも大卒者はいないし、「大学へ行ったら?」という話題も出ないと。街には本屋も無く、参考書もないような場所。「大学の話」は地元のレベルの高い高校で成績優秀者に教師がそれを薦めるぐらいで、中学校では大学の話なんかまるで出ない。普通レベルの高校でも全く話題に出ない。大学へは行かないのが当たり前の世界。

彼が言いたいのは「大学へ行ける行けない」そのことさえ考えない、「大学の存在」すら考えないという環境があって、格差は知らず知らずのうちに育つと。

なるほどなぁと思いました。家が貧乏だとか、学力が足りないとか、大学へ行きたくても行けない人はいますが、「大学という存在自体、考えたこともなかった」というのにびっくりです。

でもこれって、他人事じゃないんですよね。自分も全く同じで、自分が知っていることって自分の身近のこと、身近で話されていること、身近の人たちが共有している価値観、そんなことしか自分は知らない。

それ以外のことは別世界で「存在しないのも同じ」ですよね。

でもそれは存在していて、自分が知らないだけかもしれない。また本当に存在していなくても「そういう存在があるかもしれない」と想像することは非常に大事で、未知の領域に旅立とう、「存在がないのなら自分でそれをつくろう」という気概が大事なんだと思いました。

そうじゃないと自分がいる世界の常識に縛られて、そこから脱出することはできないし、脱出しようということさえ考えないんでしょう。

「サファリパークの中に住む自分」

これにいかに早く気がついて、外の世界に興味を持つかが大事なんだということがわかる。

MM2Hでマレーシアでロングステイすることも全く同じで、誰でも望めば海外で生活できる、マレーシアなら簡単、英語が出来なくてもどうにかなるとか、そんなことさえ知らない人たちが多い。そもそもマレーシアがどこにあるのかも知らない人も多い。

また本当はハワイに行きたいのだけれど・・、オーストラリアの永住権が欲しいのだけれど・・・、「それは無理」と決めている人が多い。レストランのウェイトレス、タクシーの運ちゃんでも永住権を持っているのを知らないのだろうかと思いますわ。

老後の金銭的な不安、どう生きるか、どう楽しむのかと悩む人達は多いけれど、「マレーシアに行く」どころか「住みやすくて面白くて、安く生活できる海外に住む」ことさえ想像もしない人たちがわんさといるんでしょう。

「俺の人生なんてこんなもんだ」

と誰しもが考える。それは自分の環境、周りの人たちを見れば、自分に何ができるのか、何ができないのかは簡単に想像がつくわけで、「周りの人達と違う生き方をしよう」「違う生き方が出来るんだ」ということさえ考えない。

政治も同じ。「誰が政治家になっても同じだよ」なんてわかったようなことを言う人は昔から多い。

「自分の一票で世界が変わるわけがない」

と多くの人が考える。それは世界の常識だと信じてる。

「俳優になりたい」「金持ちになりたい」など夢はいくらでもあるけれど、

「どうせ無理だ」

というのは周りの人間を見ていればわかる。

トレードや相場も同じで、当たり前のことしか知らないと当たり前の結果しか出ない。

結局、これで自分の将来を潰しているってことに気が付かない。

今日、見つけたコラムは、そういう夢さえも見ない格差、環境があるというところにびっくりでした。

やっぱり人間は「夢想すること」が非常に大事なんだと思いました。もしそれが現実的ではなくて、自分の環境を見渡しても夢でしか無いとは思っても、「こんな世界があるんじゃないか」と想像することは大事で、それは海外にあるかもしれないし、国内にもあるのかもしれない。もしかしたら自分の身近にあるのかもしれない。でもそれを「そもそも見ようとしない」とするなら、自分は自分の環境、価値観の中で埋没していくだけなんでしょう。

また「情報弱者」という言葉を最近よく耳にするようになりましたが、情報を積極的に得ようとしないと人間がどうなってしまうのか。

こんなアタリマエのことを、ガツンと教えられたような気がしました。

そしてそれは自分にも起きている。

私の65年の人生でわかったことがあるんですよ。

「俺はこんなもんだと思うときっちりそこで止まる」

ってこと。予想以上に良くなることってあり得なくて(笑)、でも「まだまだこれからだ」と思えば先がある。「不可能に思えるけれどチャレンジしてみる」ことでしか「自分が想像する自分を超えることは出来ない」んでしょうね。

「己の敵、ライバルは己の中にある」

というのも同じことなんだと思いました。

まだまだ私自身は固定観念、環境、偏屈な価値観にとらわれているのもわかった。ジグそ~~~~~。これをどうにかぶち壊さなければ・・・。

バカと言われようと、なんと思われようと、私は夢を見て追い続けようと思う。

今日は、若者のコラムから力をもらったような気がしますわ。

「このままでは終われない。まだ夢の途中、諦めない・・・」

 
 
 

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5月には「全てのオーストラリア資産を整理しよう」と思う

長い間、我が家はオーストラリアにお世話になりましたし、オーストラリアにはどれだけお礼を言っても足りないと思います。

そして「オーストラリアドル」にも助けられました。

リーマンショック後のオーストラリアドルの大暴落では肝を冷やしましたが、また戻り、まるで何もなかったかの様。

ただ一つだけもとに戻らないのが「高金利」です。

我が家が生き延びられた一つの要因として「高金利」があります。

1991年に初めてゴールドコーストの住人となりましたが、その頃の「定期預金金利」は10%もありました。でもその前には16%という信じられない時期もあったようで、その頃は「金利を使い切れなかった」という話を先輩たちから聞いたもんです。当時、多くの「退職者」や「事業移民」で渡った人たちは少なくとも5000万円は持っていましたので、それを定期に入れるだけで毎年800万円の金利収入があったことになります。(でも税金も凄い 笑)(不思議なんですが、納税していない人が非常に多かったです。納税する必要がないなんて言う銀行員もいて、あれってなんだったんだろうか)

ましてやその当時のオーストラリアは物価も安く、月に15万円あれば4人家族が生きていけると言われた時代。ウォータフロントの土地も150坪ぐらいで1000万円で買えた時代。

私達がゴールドコーストへ渡った頃はそこまで物価は安くありませんでしたが、安いのは間違いがなくて、生活は楽でした。人件費も部長クラスでも週給手取りが5万円ほどでしたので、私が始めた2つの仕事も大したお金は掛からなかった。

でもそれだけ金利が高いということはインフレがとんでもないってことなんですね。ましてやシドニーオリンピックを境にインフレスピードに拍車がかかりましてどんどん物価が上がった。当然、給与も上がるわけで、気がついたら大卒の初任給が年収500万円なんて声も聞こえてくるようになりました。

子どもたちの学校ですが、年に50万円ぐらいだったのが、彼らが高校を卒業する頃には200万円近くなり、あれからもうすでに10年以上経ち、今はどのくらいか知りませんが、とんでもない金額になっているのは間違いがないはず。

そして金利はなぜか下がり続けたんです。

定期預金にしても私が主に利用している債券も長い間、7%以上の利回り(10年で原資は2倍、20年で4倍)は確保できていたのが(とりあえず税金のことは書かない)、今では3分の1程度でしょうか。全く妙味がありません。これは日本も同じでほぼ金利はゼロ。アメリカも非常に低かった。それでもオーストラリアのほうがまだ良いという時期もあったのですが、アメリカの金利は上昇しだしてもオーストラリは置いてけぼり。

そしてオーストラリアドルって、世界が好景気の時には高くなりますが(資源価格が上がるからでしょう)、景気が悪くなるといの一番に売られる通貨なんですね。ボラティリティが高く、何か起きるとすぐに暴落する。

これもまた「オーストラリアで生活している」のなら受け入れられないこともないんですね。2008年に豪ドルが対日本円で約半分になったときには「もうこれで俺は終わりだ。日本には帰ることが出来なくなった」と落ち込みましたが、ふと、家から外に出て街を見渡しても「何も変わらない」わけですよ。物価に大きな変動があったとも思いませんでした。

ですから「オーストラリドルと心中するつもり」になったほうが幸せに生きられると思ったし、そんなことをこのブログにも書いてきました。

でも今はオーストラリアに住んでいるわけでもないのに、それなりにオーストラリアドルを持ち続けています。利回りも低いし、世界になにかあるとすぐに暴落しますから何も良いところ無しです。

来月にはまとまった額の豪ドル建て債券が償還になりますので、でも乗り換えには良い金利の債券がありませんので、それを期に全ての豪ドルを米ドルに変えることにしました。

ただ、通貨は分散して持っていたほうが良いですし、我々は将来的にオーストラリアに戻る可能性もあるわけで、結構悩んだのですが・・・。

利回りが米ドルより良いのなら違う考え方もありますが、米ドルよりか悪いですし、そして気になるのは「今のオーストラリアは中国依存度が非常に高い」ってこと。

これは何年も前から言われていたことですが、最近のオーストラリアの中国依存度はどんどん高くなるばかりで、輸出もそうですし、内需も中国頼みのところがある。

これでもし中国になにかあったら、リーマンショック時どころじゃないことになるだろうってのは簡単に想像できます。

で、その中国ですが、「経済崩壊する」と言われてもう10年以上になりますが、全く崩壊しない。(笑)

でもですねぇ、私が見ている限り、中国はどんどん悪くなっているように思えるんですよ。ただ中国を我々自由経済世界の視点で見ては駄目だと思っていて、習近平の号令一つで瞬時に変わり身ができる国なわけで、我々には想像もできない離れ業を平気でやるし、またそれが根本的な解決にはならないにしろ、継ぎ接ぎとして効果が出ている様子。そして地域によっては未だに好景気でどんどん伸びている分野もある。

ま、あれだけ巨大な国ですから、「どこの何を見るのか」で見え方がまるで違うと思うのですが、でもやっぱり「危険水域にある」と感じるのです。

昨今のトランプ氏が中国に狙いを定めているような動きは、もしかしたら次の選挙を狙った国内向けのパフォーマンスのような気がしないではないけれど、アメリカが中国に対する基本方針を変えたのも間違いがないと思うんですよ。

つまり、中国に援助の手を差し伸べて行けば、経済が発展するのと共に自由主義世界に近づいてくるのではないかという「甘い期待」が完全に壊れた。今まで親中派だった要人たちにも大きな変化が見られる。結局、西側の中国に対する援助は、全て「中国共産党の権力を増大させ」「中国の世界戦略に力を貸したことになった」ってことじゃないんですかね。中国は変わるどころか、中国独自の考え方を強化し、それに従って世界に触手を伸ばし続けているわけで、かつての親中派の期待は完全に裏切られたと思うのです。

中国市場は巨大でそこにアクセス出来るか出来ないかで企業、国の利益にも大きな違いが出てくるので、中国叩きもどこまで本気なのかはわからない。当然、安保も絡んでいて、アメリカが何を狙っているのかもわからない。

でも所詮「儲けられる間は儲けさせてもらう」だけの付き合いでしか無いはずだけれど、昨今の中国の傲慢かつ節度のない世界戦略に「このままでは利用できるどころか、世界が取られる危険」まで見えてくるようになってきましたよね。中国の一帯一路にしても経済だけではなくて軍事的に着々と拠点を作っているのがはっきり見えるし、「儲けること」から「世界秩序を守る」方向へアメリカはシフトしてきたんじゃないですかね。中国にべったりだったイギリスも方針を変えたように見えるし、今、中国ベッタリはドイツぐらいでしょうか。今までは「世界の下請け」だった中国がIT分野、AI、宇宙工学、研究開発、そして軍事にとんでもない額の投資をしていて、すでに日本が負けている分野もいろいろあると言われるぐらいで、このまま行くと、まさに中国の中華思想、「中華」の世界がどんどん強力で大きくなる。

しかし中国は発展し続けている反面、内部の問題もどんどん大きくなっているはずで、この「膨れて張り詰めた風船」を割るチャンス到来とアメリカが見ているような気がするんですよ。

強気のトランプ氏と言えども「世界の多極化」の方向に動いているのは間違いがなくて、覇権主義はすでに放棄した。ところが他国のご機嫌を伺いながら生きるアメリカであってはならないのは基本中の基本で、アメリカが日本を完全に飼い慣らしたのと同じ様に、中国の地位も認めながら、しかし主導権は絶対に渡さないという意思は強固なはず。でもこのまま行くと、中国を中心とした経済域が大きくなり、安全保障上もうまくないのが見えていますから、アメリカが今までと同じ様に中国と付き合うとは思えないのです。

「出る杭は打たれる」状態なのが今の中国だと私は思うわけで、ここ数年で大きく流れが変わってくる可能性があるように思うのです。

また習近平は独裁に成功しているように見えますが、内部の敵も増大しているという見立てをする中国ウォッチャーも多く、これもまた中国の出鼻を挫くチャンスでもあるのかもしれない。

もしそんなことが起きれば、中国への経済依存度が韓国どころではないオーストラリアは大変なことになる。

実際にはどうなのかわからないにしても「こういうストーリー」は非常に受け入れやすいわけで、それだけで為替も大きく動くんですね。

ということで、オーストラリアドルを持っていても何も良いことがないと私は考えるわけで、この30年間、ずーーーっとお世話になっていた豪ドルとはこの辺でお別れしようかと。でも一応、シドニーで働く次男坊の意見もしっかり聞こうと思っています。

でも全てを米ドルに・・というのも危なくて分散しないとならないのですが、もし私が危惧することが世界に起きれば、暴騰するのは日本円なんですね。

でも日本円を持っていても・・・・、まるっきり稼げません。

ただ今はトレードにかなり力を入れていますので、それの原資として日本円を持つのは良いかもしれないと考えています。そこからの利益はまるであてにする必要もありませんし、トレードするための人質みたいなものですからどの通貨でも構わないわけで、それなら日本円でも良いかと。

あれれ、ダボって将来の予想はまるでしないんじゃなかったっけ?って思います?(笑)

これって予想レベルではなくて、どちらかと言えば妄想でしかありませんが、それで儲けるというより、自分の資産の枠組みはやっぱり考えないとねぇ。何でも良いってわけにはいきませんし。(笑)

 
 
 

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ノンフラヤーで「トンカツ」を作ってみた

ノンフライヤーなんて興味がない人が多いと思うのですが、なぜかアクセスが多いんですよ。不思議だ・・・・

ということで気がついたことがあれば書いていこうと思うのですが

◯ 冷凍食品を揚げる(?)には最適。

結構うまく揚がりますし、油を使わないってのが良いですね。美味しいし、「やっぱり油で揚げるほうが美味しい」なんてことは全く思いません。でも冷凍食品にはすでに油が入っている感じがします。フレンチフライは油がまぶしてある(?)のは間違いがなくて、触るとヌルっとしますから(一度揚げてある?)。だから冷凍物じゃなくて自分でジャガイモから作ると随分違う感じになるのかも。

◯ 一度に調理できる量が少ない。

問題はこれですねぇ。独り者にはばっちりで、上の画像は「一度で調理できる量」ですが、トンカツは二枚一度に揚げられませんし、3-4人家族だとどうにもならず。

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今回は冷凍モノではなくて、普通に油で揚げるようにした食材だとどうなるかのテストをしました。トンカツです。

用意した豚肉はショルダーロース。どこにでも売っているあれです。

これをジャカードでブスブス穴を開けて柔らかくします。

ジャカードミートテンダライザー。

ちょっと平べったくなります。

これに塩コショウをして、普通に油で揚げるように準備。

このトンカツは大きさで言えば「小」でしょう。子供でも小さいかもしれないぐらいの大きさ。それでこれですから、大きなトンカツだと一枚しか調理できないのは当然として、容器いっぱいになると空気の循環がうまくいくのか気になります。

油は一切使っておらず、油のスプレーもしていません。

ノンフライヤー(エアーフライヤー)は予熱はせずに200度に設定して12分。

表と裏と焼ける程度がやっぱり違うので、7分ぐらい経ったところでトンカツを裏返します。

出来上がり。

ノンフライヤーですと焼き目の付き方ってこんな感じですね。油で揚げたのとはやっぱり違う。また衣のパン粉が「乾いた感じ」がします。ですから違和感がないかと言えば「ある」のですが、大きく違う感じはないと思います。次回は焼く前に「オイルのスプレー」で一吹きしてみようと思います。海外のレシピを見るとオイルをスプレーしたり、塗ったりするケースはかなりあって、「油を使わない」ことに拘る必要はないと思います。

このノンフライヤーで調理する時に悩むのは「調理時間」なんです。このトンカツはばっちりでしたが、もっと大きく厚い場合にはどうするべきか。この辺は慣れと勘でやるしかないのでしょうが、低温調理オタクとしては「ベストの火の入り方」に拘りたいわけで結構気になります。

いい感じでしょ?でもこれは偶然。(笑)

十分美味しかったです。油っこさは全く無くて、豚肉の脂の美味しさは際立つ感じがします。これ、良いと思うなぁ。ただ上にも書いたように、パン粉の揚がり方が違うのがちょっと気になります。でもこれは「慣れ」の問題でしょう。

ノンフライヤー(エアーフライヤー)の底を見ますと、大さじ一杯分ぐらいの脂が落ちていました。

これの掃除は簡単で、容器は取っ手が付いた鍋みたいなもんで、それに網がかませてあるだけですから、容器ごと外して洗うのはあっという間。

結局、このノンフライヤー(エアーフライヤー)の良さは、簡便さにあると思います。調理も簡単、洗うのも簡単で、「油で揚げる」ことに比べたら全く面倒さがありません。

ただ一度に調理できる量が少ないというのは、「致命的」でもあるとも言えるわけで、何度も今まで書いてきたように「熱風が回るタイプのオーブン(コンベクションオーブン)」なら同じことが出来ますから、このノンフライヤーは必要ないかもしれない。

ただし、ちょっとしたおやつとか、夜食とか、小腹が空いた時にはこれの簡便さって素晴らしいわけで、「自分の家にはすでにコンベクションオーブンがあるからこれはいらない」とは思いません。

このエアーフライヤーは世界中で馬鹿売れしていまして、それこそ毎日大型のオーブンを普通に使う欧米人でもこれを買うっていうことはやっぱり「簡便さ」が秀でているからだと思います。

オススメ。

私はフィリップスのエアーフライヤーを買いましたが、似たようなものが多くの会社から売られていて値段もいろいろ。Lazadaで見てみますと160リンギからありました。

Lazadaで売っているエアーフライヤーいろいろ

私がこれから買うとしたら、できるだけ大きな物で、ワット数が高いものを選ぶと思います。特にワット数は大事で、温度がきっちり上がらないようだと使いものにならないかも。

ところで、この調理器を日本では「ノンフライヤー」と呼びますが、世界的には「Air Fryer」と呼びます。マレーシアも同じく。

 
 
 

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私が「本当に住みたい所」は・・・・ 人生って不思議で面白い

マレーシアに来て1年半、その前はゴールドコーストに25年、その前は東京。生まれも東京で幼少期は新橋の繁華街のど真ん中。家の前は芸者の置屋で、家の二階から置屋の二階が丸見えで、若い芸姑たちが三味線や舞踊を練習しているのが見えるのが、そしてネオンサインに囲まれているのが私にとっての故郷の風景。

田舎に住んだことは無いし、山手線の外に住んだことさえなくてやっぱり自然に対する憧れってかなりありましたわ。

でも新橋に自然はないかと言うと全くそんなことはなくて、「浜離宮」や「日比谷公園」は私にとっては自然いっぱいの遊び場でした。特に浜離宮に秘密の遊びがあって、そこは今思い出せば「皇室用の狩猟場」で私にしてみると山奥にある湖(小さな池)で冒険心を満たすには十分でした。逆にその後、新橋からあちこちに引っ越しして住んだ街には自然がまったくなかった。

当時、田舎に行っても面白いとは思ったものの、そこに住むなんてことは一切考えなかったし、住みたいとも思わなかったんですが、はじめての海外がグアム、そしてアメリカ大陸を見た時にはショックなんてもんじゃありませんでした。自然が大きいなんてもんじゃないのね。そしてその大自然の片隅に人間が住まわせてもらっているような感じ。ああ、これが本来の生き方なんだと思ったっけ。自分もそういう中で生きたいし、それが普通なんだと思うように成りました。

社会に出てからは出張が多く、沖縄と四国を除いてあちこちに出ているのが仕事みたいなもんで、日本の良さは満喫できました。日本は多様性という点で秀でている自然大国と言って良くて、当然、生活は自然と大きな関わりがあって、自然との一体感とでもいうのか、田舎暮らしも良いもんだと思うようになった。

結婚してからも東京に住み続けていたけれど、何度か「田舎暮らしってどうよ。良いと思うんだけどなぁ」なんてヨメさんにいうと、九州の山奥育ちのヨメさんは「あんたは田舎の怖さを知らないからそういうことを言うのよ」といつも言われましたっけ。

でもそういうヨメさんも自然は大好きで、小さい頃の遊び場は筑後川で、滝壺に飛び込むなんてことを平気でやっていた野生児。結婚前から朝まで二人で呑んだくれるようなことをしていましたが、キャンプも大好きで、時期には毎週行くようなこともしてましたっけ。

話は変わりますが、日本って良い国で大好きなんだけれど、子供の頃から常に「違和感」「疎外感」を感じていた私は自分の子供のスヤスヤと寝る寝顔を見た時に思ったんです。こんな息苦しい世界で、本当の自分を殺し、周りの目を気にしながら「良い人を演じながら生きる」なんて冗談じゃないと。そろそろ子供の進学を考えないとならなくて、どこの幼稚園に入れようか、将来はエスカレータ式で大学まで行けるところが良いかとか、そんなことを考えている自分に嫌気が刺したんです。俺みたいなつまらない人生を歩むために子どもたちは生まれてきたんじゃないし、俺と同じ様な道を歩かせようとしている俺は親としてなんなんだ?と。

ということで海外脱出を決めました。

若い頃から海外脱出計画は持っていて、一時はグアム。会社もグアムで興して何年も行ったり来たりしていたものの、まともなビザを取得してなおかつ安定した生活を送れるようにすることはできなかった。そしてその後はアメリカ本土。仕事関係のあるコングラマリットのある部門に「来たいならおいで」と言われたものの、実際にサンフランシスコに行ってみたら、それまでの生き方以上の非人間的で恐ろしいほどの競争社会に驚愕。私みたいな甘ちゃんが生きていける世界じゃないと納得。

結局、自分は怠け者で、自然が好きで、遊びも好きで、「ヤシの木の下でビールを飲みつつ、のんびり釣り糸を垂れる生活」を夢見ていただけ。

この思いは結婚して子供ができてからも同じで、それが好きならそれも良いじゃないかと思ったんですよ。でも子供が二人いて教育のことも考えないとならないわけで、それなりのところじゃないと行く訳にはいかない。

どこに行きたいというより、私がやろうとしていたのは「日本脱出」ですね。

候補に上がったのはカナダとオーストラリア。もちろん英語圏であることは重要で、自由に子どもたちが学べる環境、そして自然も多くて良いのですが、問題は「永住権」なんですね。これが取れずにその国へ渡ることは、私にしてみると自殺行為とは言わないまでも「無謀」だと考えました。遊びに行くとかロングステイならいざしらず、その地に根を張って生きて仕事もし、子どもたちも安全安心で育つためには永住権は絶対に必要。そしてその永住権を取れる可能性があったのはカナダとオーストラリアだけでした。

アメリカも考えたのですが、当時、永住権を取るには2Mドルは必要なのがわかってあえなく撃沈。でもその当時、それだけの資金があればアメリカを選んだかもしれない。でも住むとしたらやっぱりハワイを選んでしまうわけで(笑)、あの華やかさは子供の教育としてどうなのか、ワイキキに行って日本人の若い女の子をひっかけ遊び狂う我が息子たちを想像したら、こりゃ駄目だと思ったわけです。ハワイも半端じゃなく広くて住むのに適した場所はいくらでもあるけれど、やっぱり住むならワイキキ周辺に住みたいと思いますもんねぇ。

ただ今でもアメリカという選択は悪くないと思っていて、アメリカの悪いニュースはいくらでも入ってきますが、中産階級の生活レベルの高さ、チャンスの多さ、なんでもある凄さは世界一だと今でも思います。またアメリカには移民として生活している親戚も多く、彼らを見ていると自分でもどうにかできるんじゃないかと思いました。でも永住権が手に入らなければ安心してそこで生活はできませんから、アメリカは候補落ち。

その国に渡ってから永住権をどうにか手に入れるという方法もありますが、私はそれはギャンブルだと思いました。すでに30半ばを過ぎていましたし、子供がいるのに5年10年頑張って、やっぱり永住権は取れませんでした、日本に帰るか、他の国に行くしか無い、なんてのは絶対に受け入れられませんから。でも行く前にアメリカの永住権を取るのは私には不可能だった。

永住権が取りやすい国はカナダとオーストラリアで、私はカナダを想定していたんです。住む街はバンクーバー。すぐ南に降りればアメリカのシアトルで、シアトルは私の好きな街でもあるし、親戚がごっそりいましたから、それこそマレーシアで言う、ジョホールバルとシンガポールみたいな関係で、バンクーバーが良いな、と。そして大自然の凄さは半端じゃなくて、釣りやキャンプが大好きな我が家としては最高の場所だと思ったわけです。

ところがヨメさんの「私は寒いところは嫌」の一言で、オーストラリアしか選ぶ候補はなくなりました。

当時はバブル全盛期の1980年代後半。そして前にも書きましたが、日本の通産省が「シルバーコロンビア計画」なる「日本人老人を海外に出す計画」が大々的に動いていて、多くの日本人がオーストラリアに渡っていたんですね。もちろん老人だけではなくて、日本脱出組の若者もどんどんオーストラリアに渡っていた(永住権は基本的に若いほうが取りやすい)。私はそういう意味で中途半端な年齢(30代後半)でしたが、私に合う永住権スキームがあったのでそれに挑戦。一時は駄目か・・と思った時期もあったのですが、どうにか永住権を取得できた。

そして1991年、知り合いもいない、親類縁者もいない、仕事もない、仕事関係のつながりもまったくないゴールドコーストに上陸。私は38歳、ヨメさん32歳、長男3歳、次男1歳でした。

ま、それからの事を書き出したら大変な量になりますから書きませんが、ゴールドコーストで2つの仕事を始め、でも言葉も習慣も法律も全く日本と違う場所ですから、あえて全力投球はしませんでした。全力投球しないと仕事もうまくいかないとは思うものの、全力投球して失敗したら、それこそ家族4人、流浪の民となるしかないわけで、様子を見ながら小出しにするような仕事のやり方でした。だから決して大きくしよう、大儲けしようなんてことは考えなかった。

そんな私ですが、ま、運が良かったのでしょう。どうにか生き延びることができたし、子どもたちも私立の良い学校で学べて、それぞれ大学、大学院も卒業して立派に育ってくれましたから。

今思いだすと、そりゃその時その時は大変ですが、苦労らしい苦労も無かったと言って良いかもしれないくらい恵まれていました。

私達がゴールドコーストへ渡ったのは1991年、まさにバブルが弾けるときですが、私の仕事はバブルで儲かったなんてことはないものの、もしゴールドコーストへ渡ること無くあのまま中小企業の親父を続けていたら間違いなく倒産したと思います。バブル後の長い不況に自分が耐えられたかと想像しても、きっと「そのうちまた景気は戻るだろう」と思ってどんどんつぎ込み、あるいは我慢をし続けたに違いありませんから。

あの時、日本脱出を考え、オーストラリアに行くことを決め、永住権が取れたのも、そしてその後の仕事や資産の整理もすんなり行ったのも、今思い返すと不思議なんですよ。タイミングはばっちりで、どこかで引っかかれば日本脱出はできないわけだけれど、障害らしい障害がなく全て計画通りに進んだ。これって私の人生でもなかなかそんなことはなくて、途中までよくても最後で躓くなんてのが普通だったのに(笑)、あの時は、すべてが順調に動いた。何か見えない力が働いたんじゃないかって本当に思うくらいです。

そう言えばですね、「今日でお別れ」と家を出るまさにその日に、外の階段に「蛇の脱殻」があったんです。20年近くそこに住み、蛇なんか全く見たこともなかったし、抜け殻なんて見たのもそれが生まれて初めて。これって吉兆の印であると思ったし、「ちゃんとお前のことは見守っている」と告げられたような気さえしました。偶然にしては変だと思いません?家を出るまさにその日ですよ。

ゴールドコーストは南半球最大のリゾート地で、自然は十分素晴らしいものがありました。毎晩、ヨメさんと酒とつまみを用意して、自分の家の前を流れる運河で、自分の家の桟橋から糸を垂れて釣りをするなんて生活もできたし(ヨメさんは私以上に釣り好きで、黒鯛、キスは入れ食いで、マッドクラブもいくらでも獲れた)、多くの日本人がそうであるようにゴルフに狂ってみたり。

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まぁ、日本での生活と比べると夢のような生活と言って間違いがないと思います。でもそれってオーストラリア人の平均的な生き方でしかないのね。我が家でお願いしていたローンモウワー(芝刈りのおっちゃん)もウォータフロントに住み、モーターボートを持って釣り三昧の人でした。毎年、3週間は休みをとってヨーロッパに遊びに行くとか。

私が何よりも素晴らしいと思ったのは「オーストラリアには真の自由がある」と思えたこと。「出る杭は打たれる」どころか「主張のない人間はいないのと同じ扱いを受ける」国で、自分が思うように自分の人生を生きることができました。はっきり自分の考えを言わずにニヤニヤしているとバカにされる国。だから私は水を得た魚ってこういうことを言うんだろうと思ったくらい。子どもたちも同じで、日本のような詰め込み教育ではなくて本当に自分の興味があることを学び、好きな方向へ行ける環境。でも言い方を変えると「こいつら何も知らない」と感じるんですよ。日本人の子供達みたいに「何でも知っている」なんてことは一切ない。

ところが好きな分野に関しては半端じゃないんですね。そして「知識を詰め込む」のではなくて「考えることを学ぶ」教育であったと思います。いわゆるプロブレムソルビングが基本にあって、「問題はなにか把握する」「それの解決方法を探る」「解決に必要なことを学ぶ」「そして解決する」という今思えば何よりも大切なことを教えるのが学校なんだと思いました。だから日本の学生みたいに「それは習っていません」なんてことは絶対に言わないのね。知らないことは知らない、それだけのことで、でもそれを知る必要があると判断した時にはそれにまっしぐらに進む。

そんな環境で子供が育つと、息子たちの友人を含めて全員が「オタク」みたいなんですよ。色々知らないけれど、知っていることはかなり専門的で、これが本来の教育だと思ったし、そんな中で育った子どもたちは本当に面白いです。言いたいことは言うし、議論が大好き。ああ、この議論というか「討論のスキル」も中学生ぐらいから授業の中心にあって、かなりしつこく訓練されるのね。

なるほどなぁと思ったのは、ある「お題目」に関して討論する場合、誰が何を考えているかは関係ないのね。それぞれ反対派と賛成派とクジで決めて討論するんですよ。例えば「日本の憲法9条を改憲する必要があるか」という題目でも、自分がどう思うかは全く関係なく、賛成、反対と二手にクジで決めて討論する。そしてまた賛成派と反対派が入れ替わって討論する。当然、事前にそのお題目に関しては徹底的に調べる。

そう言えば、中学校からレポート形式の宿題が出るんですが、これまたぶっ飛んでいてこんな内容。「貴方がアメリカのジョンソン大統領だとしたら、ベトナム戦争をどうするべきか」とか。子供にしてみればジョンソン大統領って誰よ?ベトナム戦争って?みたいなもんです。こういう答えのない問題を常に子供に与えて、とにかく「調べる」「問題点を探す」「解決方法を探る」みたいに「考え続けること」を教えるのね。

こういう訓練を子供の頃からしつこいようにやっていると、嫌でも頭は論理的になるし、同時に「相手の話も良く聞く」ようになるのね。「答え有りきではない」という討論を我が子どもたちも普通にしますので、彼らと討論をしていても面白いんですよ。まさにお互いが学べる場となりますから。

ま、話がそれちゃいましたが、我が家族にとってゴールドコーストで過ごした25年間は、本当に素晴らしい日々でしたし、ゴールドコーストへ渡ったのは大正解でした。

でも子どもたちも大人になり、それぞれの道を歩みだして我々夫婦が二人だけになると、ぽっかり心に穴が空いた感じになるわけです。自分は好き放題やって来たように思うものの、やっぱり心の中では「子供が第一優先」でしたから、生きる目標がなくなったような気さえしたもんです。

そんなふうになると、自分のそれまでの生き方を振り返るようになるし、「自分という一個人はどう生きるべきだったのか」を考え始めたわけです。でも「どう生きたかったのか」とは考えませんでした。だってやりたいように生きてきましたし、やりたかったことはほぼ全てやりながら生きることができました。これはまさに「オーストラリアという環境」があったからだと思います。

でも「やるべきだったこと」となると話は別で、自分の死も視野に入ってくる年令になって、仕上げを考えないとならない。で、その結論として「マレーシアで新たな目標にチャレンジする」ということになった。

ま、今はそれに向かって走っているわけですが、「やるべきこと」はやらないとならないですが、もっと素直に自分と向かい合った時に、自分は本当にしたいことはなんなのか、本当に住みたい場所はどこなのか、なんてことも考えるわけです。

今、私が幸せなのは「やるべきこと」と「本当にしたいこと」が同じですので、その道を進み続けることになんら迷いはないのですが、問題は「住みたい場所」。

若い頃から日本脱出を考えて、そして脱出して、また住む国を変えて今に至るわけですが、「住む場所」ということだけを考えた場合、私が本当に住みたい場所に住んでいるかと言うとその答えは「No」。

マレーシア好きの人たちには申し訳ないですが、私にとってマレーシアは「住む価値がある」場所であって、「住みたい場所」ではないんです。

自分の死も視野に入ってきた今、「住みたい場所に住んでいない自分」ってどうなんだろうと、まぁ贅沢なこともたまには考えてみるんですが、その答えは・・・

「日本に住みたい」

ということ。

日本って私にとっては住みづらい国で、脱出を考えて来たわけですが、それって「逃げ」でしかないんですね。

自分の大好きな母、あるいは父、あるいはヨメや家族と幸せに過ごしたい。でもうまくいかないから「離れて住む」みたいなもんです。で、これはやっぱり逃げでしかない。

私が好きな国はやっぱり日本しか無い。

日本に住みたい・・・・。

できればこんな自然があるところ。

こんな写真を見ながら深呼吸すると、緑の匂いと遠くに潮の香りも感じます。

桜が咲く時期には桜を見て、あの美しさと儚さを感じて生きていたい。今まで四季のない場所に長年住んできましたが、やっぱり四季って日本人の心と密接なつながりがあって四季と連動して心も動くし、あの四季の移り変わりを感じながら生きていたいって思うんです。

美味しいものがいくらでもあるし~~~~~~~~~

って結局それか? (笑)

でも冗談じゃなくて、いつか母なるわが祖国日本に帰って「帰ってきたよ、ただいま」と言いたい。これが私の心の奥底からの願い。本当は最初から海外に出たいなんて思ってはいなかったのかもしれない。

でもどこで最後を迎えるかわからない。

この漢詩が好きなんですよ。「壁に題す」

男児立志出郷関 
学若無成不復還 
埋骨何期墳墓地 
人間到処有青山

男児志を立てて郷関を出づ
学もし成る無くんば死すとも還らず
骨を埋むる豈に惟だに墳墓の地のみならんや
人間到る処に青山有り

これの詩吟が実は好きだったりする。(ここをクリック)

ダボってこんな詩吟も好きなのか?って不思議に思います?詩吟は自分ではやりませんが、良いと思うものって結構あるのね。

本当はこっち系が好きなんですが・・・。(笑)

 
 
 

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